DEEP METAL BATTLE

すぎな之助(旧:歌帖楓月)



12 首都に続く夜

 ふと、研究員の背後に、灰色の衣をまとった術者が現れ、白い防護服の左肩に暗い右手を、ひた、と、触れた。
 え? と、研究員は怪訝な声を漏らした。
「ゼルク中将、追加の情報提供がきました。……妙な話になったようです」
 少女についての取引を持ち掛けた研究員は、先の余裕に満ちた気配を消した。
「というと?」
「隠れ家の件ですが、気落ちした声の管理官から追伸がありました」
「追伸?」
 研究員は、苦い声を出した。外からは表情は見えないが、声と同じだろう。
「はい。いや、困ったなこれは。管理官が言葉をそのままお伝えしろと……『隠れ家に入るまでがすっげく難しくなったの。でも今の僕にはこれが精いっぱい。ゴメンね。ボクは一生懸命頑張ったから許して』だそうです」
「なにがあったんだ」
「『夫婦の危機なんだよお』と、」
「……」
 中将は白い防護服の研究員の、目に当たる部分をじっと見た。
 研究員は首を横に振った。
「管理官お得意の冗談ではなさそうです」
「……そのようだな」
 夫婦間の問題ならば、彼の新妻が気分を損ねたと考えるのが、順当ではないだろうか。最近結婚したと聞いた。仕事で知り合った情報セキュリティ関連企業の幹部だとか。
 ゼルクが思いを巡らす間に、白い研究員と灰色の術者は声なき情報を交し合った。
 そして、告げたのは研究員だった。
「ゼルク中将。『隠れ家』への道のりのうち、途中までは私共の術者が転移魔法にてご案内いたします」
 灰色の術者が無言で一礼した。
「ここから「隠れ家」まで、距離はどのくらいなのだろうか?」
 術者は首を振る。研究員もだ。
 ゼルクは少し沈黙したのち、「途中とは、どのあたりまでだろう?」と確認するが、術者は何も答えられず、研究員は「管理官もつい先ほどまでは調子がよかったのですがね、」と前置きをしてから答えた。
「私共ではお答えすることができなくなりました。『途中』の程度も管理官の奥様の判断になるようです」
 ゼルクは嘆息した。
 饒舌な友人が口をつぐんだのだ。もはや、嫌な予感しかしない。
 ……まあ最悪の場合は、「別の友人」に頼ることになるだろうが。
「わかった。では、着いてきてくれ」
「はい」
 中将は研究員と術者を連れて、ロイエルを匿っている二階の客室に向かった。階段を上る。
 静寂に満ちていた。
 先ほどまで、夜宴で浮ついた使用人やら領主一族がふらついていたのに。今や使用人の気配すらない。各々の寝室にこもってしまったのだろう。国軍とは関わらないということだ。自分らの平穏のために。
 こちらの業務を遂行する上では結構なことだが。

 無理やり寝室に押し込められ「今日はもう寝なさい」と父母からきつく言いつけられたが。
 エミリは窓から外へと抜け出した。宴の時のミニドレスのままで。
 こんな辺境にいるのは嫌。首都に行けばお父様所有の住居が沢山あるのだ。
 あとは出ていく理由を作ればいいのだ。それも、とびきり良い理由で。
 ゼルク中将はどこかしら?
 エミリは二階の窓から出てると、バルコニーから身を乗り出して枝を伸ばしていた樹木につかまり、幹をつたって地面に降りた。ピンヒールの華奢なつくりの靴でだ。
 外は異様な雰囲気にみちていた。闇をうっすら照らす外灯に、白く大きく丸みを帯びた甲冑のようなものを着た人間がうようよ歩いている。こんないでたちの人間は初めて見た。
 これも国軍の人たちなのかしら? ま、それ以外には考えられないけど。
 今までの「穏やかな紛争」から、エミリは国軍とその兵士について全く恐れを抱いていなかった。だから、この白い異様ないでたちの軍人にも不安を感じなかった。即ち、「ちょっと媚を売れば鼻を伸ばす男」または「子供には優しい兵士」だと。
 それゆえに、彼女は積極的に白い彼らに近づいた。
「ねえ、軍人さん」
 エミリは心細そうな顔をして、白い「軍人」を適当に選んで声を掛けた。
「私、困っているの。お願いを聞いてくださらないかしら?」
「何? なんで元気なの君? おかしいだろ」
 今までに接してきた軍人たちとは明らかに違う、ぶっきらぼうな口調が返ってきた。
 白い軍人は、まるで物にでも近づくように無遠慮に歩み寄り、「何その恰好? 売春女? 感染するから買わねえよ」と言った。
 若い男の声だった。しかも、エミリにとっては屈辱的なことに、「可愛らしい女の子」としては全く扱ってもらえなかった。嫌悪感丸出しの声色だった。
「へー、『領主の長女』なのか。こんな状況で何でこんなとこいんの? バカなの? しかもその恰好何? 痴女かなにか? 一応採取しとくか」
 男は一人で勝手に話を進め、「来て。試料追加1。身元不明で前処理室にぶちこんどいて」と言った。
 次々に浴びせられる失礼極まりない言葉に、エミリは言葉を失った。今までそんな言葉を掛けられたことなんかない。人を貶める言葉を発するのは、村では自分とその一族に許された権限であり、他人にはなかった。
「なんですの!? 失礼な、」
 ようやく言い返そうとした矢先、どす黒い服を着た女が白い軍人の横に現れた。
「……領主一族については、ここで経時的変化を観察するという取り決めではなかったのですか?」
 暗い女の声が響いた。
 フンッと白い防護服から声が漏れた。
「こんな時間にこんなとこいるバカ女が悪いんだろ。お前は余計なこと言うな。指示どおりやればいいんだ」
「……はい」

 深夜0時。
 中将は扉を軽く3回叩き「アンネ准将」と声を掛けた。
 扉が開く。小さな室内灯が1つ点いただけの薄暗い部屋だった。
 迎えた准将は、中将の姿に軽くほほ笑み、ついで彼の背後の研究員と術者を目にすると表情を改めた。
「どうぞ」
 室内に入れる。
「彼女、薬が効いて眠っています」
 4人は上質な絨毯の上を足音なく歩き、部屋の奥にある寝台のそばに立った。少女は体を丸くしてこちらに背を向けて眠っていた。両腕で腹を庇っているようだ。その原因の一部を担う青年は、罪悪感を覚えた。無体なことをした。心も体も誇りも傷つけた。
 中将がアンネに尋ねた。
「薬の服用時刻は?」
「21時36分です」
 起こすのは忍びなく感じるが。
「准将、彼女をこの村から連れ出すことになった」
 上司の言葉を受けた彼女は、背後に立つ白い防護服と黒い衣服の二人に目をやった。
 凛とした視線に不安が混じる。少女のための感情だった。
「……中将、まさか、」
「いいや。この子の命を守るためだ」
 その返事で、アンネの表情が緩んだ。
「よかった」
「アンネ准将、すまないけど、彼女を起こしてもらえないだろうか?」
 自分がすれば少女は怯えてしまうだろう、そう思い、頼んだ。
「ロイエルも、起きている間はあなたに会いたがっていました」
 准将は苦笑して、「質問攻めにあうと思いますよ」とつぶやいた。そして、右手でそっとロイエルの左肩をにぎり、「ロイエル」と、優しく耳に語り掛けた。
「ロイエル、起きてみないか? 中将がお越しだ」
「……」
「ロイエル、」
「……ん、」
 かすかに目が開き、准将を見上げる。頼れる年上の女性のほほえみを見て、少女は素直に怪訝な顔をした。「眠いのにどうして起こすの?」というふうに。
 アンネ准将はロイエルの肩を柔らかくさすった。
「中将が来られたよ? お話があるそうだ」
「……!」
 はっと目を覚まして、勢いよく起き上がろうとした少女は、准将のしっかりした両手に華奢な両肩を捕まえられ支えられた。
「駄目だよ、急に動いては」
 アンネはロイエルを制すると、「さあ、」と声を掛け、彼女をゆったりと起き上がらせ、自分はベッドに腰を下ろすと肩を抱いて支えた。
 ゼルクは背後の二人に、「少し離れていてくれますか?」と言い、ベッドのそばに膝をついた。少女と同じ高さの目線になるように。
「こんばんは。ロイエル」
 中将は静かに穏やかに挨拶するが、少女は思いつめた顔で問うた。
「オウバイ様とドクターはどうなったの!?」
「首都に送ったよ」
「な、」
 険しくなる少女の表情に、中将は静かに付け加えた。
「生きているから安心しなさい」
 事実だったが、彼女が求める明るい意味ではない。最後に見た時点で心臓が動いていただけだ。今はどうなっているかもわからない。
「君も行きたいかい? 首都に」
「行けば、……会わせてくれるの?」
 抑えようとしてはいるが、どうしようもなく期待に溢れる問いに、指揮官は首を振った。
「今は無理だけど、首都に行くというなら、その可能性はある」
「可能性……」
「そう。ここにいても一生会えない。首都に行けば、いつか会えるかもしれない」
 敵だと思っているだろうに、彼女にとってはそれでも、希望は目の前の青年にしかないのだ。
 助かるかどうかもわからないたった一つの命綱を見つめるかのような少女に、中将はまた「事実」を伝えた。
「今なら、私は君を首都に連れていける。今しかないんだ。……行く?」
 ここに残れば、彼女は研究員達に試料として採取され、命を容易く奪われる。そのことは、告げなかった。逆効果になるからだ。少女は必ず「残って責任を取る」と言うだろう。「死ぬのは怖くない、信念のために死ぬのだ」とも、「お二人がいないのなら生きていても仕方がない」とも。どの言葉も、この子が何度も口にした。彼らがそう育てた。この子は彼らを信じて育った。
「行くわ」
 すぐの返事は、ゼルク・ベルガーにその証左を示した。
 「彼らのため」ならば、私の手も取るのだと。




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