DEEP METAL BATTLE

すぎな之助(旧:歌帖楓月)



17 前処理室は嗤う

 ケイタムイにも夜明けはきた。
 昨夜、大挙してやってきた研究員らは、夜明け前に姿を消した。
 村は荒れ果てていた。村人が力を合わせて作ったあぜ道、畑、溝には、研究員達の心無い足跡が多数残され、ぐしゃぐしゃに踏み荒らされていた。民家も荒れていた。玄関の戸が取り払われて地面に落ちている家、窓を破られた家、屋内は土足で入られさんざんに汚されている。村は蹂躙されていた。ただ一軒、領主の館を除いて。
 荒れ果てた村を見おろす形で、森に囲まれたやや小高い丘の上に立つ、石造りで2階建の堅剛な領主の家は、紛争前も最中も後であっても、その姿もあり方も変わることはなく、村人への無関心を貫いていた。
 そんな領主の館にも、1つだけ、異変があった。
 朝食の時間になったが、領主の長女は食堂に現れないのだ。
 平素はきちんと身なりを整えて、決して時間に遅れることのない娘だった。
 侍女が不思議に思って部屋を見に行ったところ、そこに彼女の姿はなかった。
 ただ、窓が1つ開け放しになっていた。そのすぐそばには木が生えており、館へ向かって太い枝を伸ばし、その枝には人が何度も通ったらしくたくさんの傷がついていた。
 いつもならば、夜であれ昼であれ、部屋からそこを使って抜け出すときは、きちんと閉じていく彼女だったが、昨夜はゼルクと会える最後の夜だと思って急いでいたのだろう。
 幸か不幸か、それで、彼女が館にいない、ということが判明した。
 それから大騒ぎになった。
 名ばかり領主とはいえ、その愛娘が行方不明になったのだ。

 午前7時。
 領主の館の裏にある軍の宿営地で、アンネ准将がが、再び指揮官として兵士らの前に立ち、点呼に応じる声を聞いていた。たった2日で紛争を解決したゼルク中将は、昨夜、アンネ准将に指揮官代理を頼み、首都へ行っている。
 彼女の前に整列する兵士の数は、昨日より5人減っていた。
 死んだのだ。いきなり黒い血を吐いたり、胸を押さえて倒れたり、夜に眠ったきりそのまま逝ったり、錯乱状態となって自害したり、多様な死に方をした。
 今いる兵士ら15名も、一様に顔色が悪い。むしろ、元気なのはアンネ一人だった。彼女は赴任して間もなくオウバイに襲われ、偶然にも民間の魔法使いによって助けられ、首都へ転移魔法によって運ばれ、病院で治療を受けたのだ。ディープメタルには、ほとんど触れることはなかった。
 村も静かになっていた。
 村人の多くは、昨日の夜のうちに、研究院に連行された。生死に関わらず、ただ、学術的興味のままに連行された。
 残った村人は領主一族と、研究対象から運よく外れた高齢者の独居世帯が数軒だけ。
 しかし、彼らも、紛争首謀者が多用していたディープメタルに触れる機会は少なくなかった。残りの寿命を待たずに早々に死ぬだろうことが確実だった。
 村の死は確定していた。
 残酷で虚しいこの風景の中、部下をより多く生かしたままで、一刻も早く帰還させたいと思っているアンネに、悲鳴にも似た声がかけられた。
「アンネ准将! 助けてください!」
 領主だった。
「どうされました?」
 太った体を転がすように駆けてきた領主は、フウフウと息を切らせながら、涙を流して訴えた。
「娘が、エミリがいないんです!」
「……」
 だから何だと思った。村は壊滅状態、ここにいる国軍兵士も、そう長くは生きないだろう。
 昔から今に至るまで、紛争から目を背け続けたのが、この領主一族だ。
 アンネは返事をする気にならなかった。
「部屋の窓が開いていて、そこから外に出た形跡があったんです! 昨夜の夕食から寝る前まではおったんですよ! 可愛い顔をして、新しい服を私に買ってとねだっていたのです。……きっと夜更けに誘拐されたんだ」
「……」
 領主は涙と鼻水まみれの顔で頭を下げて願った。
「お願いです! 娘を探してください!」
「領主殿、」
 通り名を呼ぶと、太った男はびくりと震えて怯える。
「いや、いやいや。領主と呼ぶのはやめていただきたい。私は何の権力もない、ただの名ばかり領主だ、なんの責任もない。ただの一村民にすぎませんぞ」
 アンネの背後に整列している、疲労困憊の兵士らに殺気が漂った。
 准将は、赤道色の短い髪が怒りで逆立つような気がした。
「一村民? ……そうですか」
 表情を無くした氷の言葉に、ほっとしたぬるい返事が寄越された。
「ええ、そうですとも。わたしは一介の村民です」
「では自宅にお戻りください。本日午前9時00分に研究院医療系職員が到着するまでは、村民の屋外への外出は禁止となっています」
「……」
 領主は、アンネの簡潔な指示に、目と口をぽかんと開いたまま、凍り付いた。彼の予想とは真逆の返答が、しかも何の感情も込もっていない声音が、自分の耳に無遠慮に届いたのが信じられず、理解にしばらくかかった。そののち、わなわなと震えだした。
「だ、誰に向かって口をきいてるのか、わかってるのか? この、小娘。……下手に出れば調子に乗りおって!」
 樽のように肥えた村民が、目を血走らせて怒り始めた。
「小娘ですか?」
 アンネがゆったりと首を傾げた。
「一体、どなたのことかは存じませんが、あなたが村民であるならば、国軍の命令に従わねばなりません。お帰りなさい」
「い、今まで俺が、どれだけお前らに贅沢な食料を恵んでやったと思ってるんだ? いいから、可愛いエミリを探せ!」
 ちなみに、その食料を口にした兵士は全員死んでいる。
 アンネは、背後を振り返って指示した。
「この男性は混乱して正常な状態ではないようだ。自宅に送って差し上げろ」
「了解しました!」
 兵士が3人、列から駆け出してきた。
 肥えに肥えた男の体を確保し、館へと連行する。
「何をするんだ?! 離せ、離さんか!」
「念のため申し添えますが、国軍の命令に背いた場合、又は反抗した場合は懲役刑又は禁固刑の罰則規定がございます。その旨お忘れにならないよう」
 アンネはよく通る声を、もがきながら館に連行されていく領主の耳に突き刺した。
 ギクリと身を震わせた領主は、「いや、さっきのはそういうのではないのですぞ、誤解なさらないでください!」と怯えた叫び声を上げつつ、館の厚い扉の中に押し入れられた。

 領主を強制帰宅させた兵士らが戻ってきてから、アンネ准将は今後の予定を告げた。
「全員、午前9:00分までは休息をとるように。研究院の術者が到着し次第、転移魔法により首都の軍病院へ行ってもらう」
「了解しました!」
 アンネ自身も、同様に帰還することとなる。
 紛争は昨日で終結した。今この村の管理運営は、行政ではなく、軍研究院の管轄となっていた。村の出入りは、研究院が許した者のみが認められることとなる。
 そうであるならば、昨日の紛争終結時から、研究院職員はこの村に常駐すべきなのだが、昨夜から夜明け前まで、「標本採集」で村を荒らしたっきり、今は一人も残っていない。後2時間ほどたたなければ来ないという。その間、管理者不在という状況になるのだが。
「公の機関として、こうも温度差があるとはな」
 アンネ准将は、白い防護服を着た職員らの所業を思い出し、苦い顔で首を傾げた。
 温度差どころか、人として相容れない。
 傍若無人と冷酷非道とは彼らのためにある言葉だと思う。もう一つ、横暴という言葉も。

 同じころ、首都の研究院で。
 研究院の地下施設の一つに、ディープメタル除去液を満たした、白い特殊樹脂製のプールがある。「前処理室」と呼ばれていた。プールのある部屋は天井から壁からすべて、ディープメタルを通さない白い特殊樹脂でできていた。縦横とも50m、深さは10mある。紫色をした除去液は8mの深さがあった。
 そこには、ケイタムイの村民が全て沈められていた。
 エミリもそこにいた。何層にもなって浮かぶ死体の上に、彼女は乗っていた。
 この中に沈められた住民のうち、元気なのは彼女ただ一人だった。
「出して! ここから出して!」
 気が狂わんばかりに叫んでいた。
 異様な顔色の冷たい人体だらけの場所に転移させられた当初、エミリは恐怖のあまり失禁した。当然、知った顔だらけであるが、対等な関係ではなかった彼女は、悲しみも悔しさも感じることはなかった。領主一族にとって、村民と使用人とは同格であり、使用人とは自分と同じ人間ではなく「道具」だった。
「出しなさい!」
「……うるさいなー」
 そのプールの周りには研究員達がいて、どれから処理に取り掛かるか検分していた。
 全員が白い防護服を着ている。個人の判別は背中と胸にかかれた「通り名」で行われた。
「なんでアイツ一人元気なんだ? 間違えたのか?」
「ていうか何で領主の娘がいるんだよ。こいつら一族はあの場所で観察ってことだったろうがよ。誰だよ採集してきた奴。間違えんなよバカじゃねえの」
「ギャアギャアうるっせえなあ」
「棒で押して沈めて息の根止めてやれよ」
 好き放題に言い合っている。
 その言葉は、当然、エミリに聞こえる。
「私を誰だと思っているんですの?! 領主の娘ですのよ! 早くここから助けてくださいな!」
 同じことをもう何度も何度も言っている。
 しかし、誰一人として聞き入れない。
「お願い助けて!」
「お前助けても面白くないし」
「それで俺たちの得になる訳じゃないし?」
「早く死ねよ。そしたら役に立たせてやるよ」
「助けて! お願い助けて! なんでもするから!」
 研究員らは鼻で笑った。

「何の役にも立たねえって言ってんだろ?」




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