DEEP METAL BATTLE

すぎな之助(旧:歌帖楓月)



21 甘えていいんだよ

 昼食が終わると、ロイエルが立ち上がった。
「後片付けくらいはさせて?」
 ゼルクは微笑んだ。
「それも教えておかないといけないね」
 少女は怪訝な顔をする。
「お皿を洗うくらい、できるわ?」
「うん。ロイエルが家事をできるのは、わかるけど。……こっちにおいで、」
 皿を重ねて持って、中将が流しにつれていく。
「?」
 かちゃり、と、一旦流しに皿を置いて、大きな引き出しを開ける。
「食器洗い乾燥機って、知ってる?」
 少女の、黒目がちの大きな瞳が丸くなった。
「なにそれ」

「首都って……村と全然違うのね……」
 ロイエルは落ち込んだ。家事全般を担ってきたというプライドが、家電によってずたずたにされたのだ。
「私……役立たずだわ……」
「その年で役立たずも何もないよ。これから、色々なことを覚えていくんだから」
 ゼルクは冷凍庫をあけた。
 氷と冷凍食品、それにアイスクリームが入っていた。
「ほら、」
 うなだれている少女の前の食卓に、ことりとそれを置いた。彼女の隣に座っていたアインシュタインの前にも置いた。
「まだお腹に入るんだったら、それも食べて?」
 ロイエルが顔を上げると、いちごのアイスクリームのカップがあった。可愛らしい色合いに、ぱちぱちと瞬きする。
 中将を見上げると、「いちごは嫌い?」と聞かれた。
 ……アイスクリーム、と、ロイエルは信じられない面持ちで見つめた。
「嫌いなら、俺のチョコチップと交換する?」
「バニラもあるけど?」
「違うの、あの、」
 ロイエルは顔を真っ赤にした。
「……食べたこと、なくて、」
 青年二人は目を丸くした。
「えっ?」

 遠慮するロイエルに、中将と魔法使いは、食べ比べて好きなのを選ぶように勧めた。
 一さじずつすくって食べて、少女が選んだのはいちごのアイスクリームだった。
「おいしい」
 嬉しそうに食べるロイエルに、青年二人は「かわいいなあ」と素直な感想をもった。そして、できるだけそういう微笑みを浮かべていて欲しいと思う。今はまだ、無理な話だが。
 早々に食べ終わったアインシュタインが、お茶をいれるため席を立った。
 めずらしい笑顔を見つめていたい気持ちは山々だが、それをすると、ロイエルが緊張したり反発したりして表情を変えるであろうことは明白だったので、ゼルクは友人の背中を目で追った。
 視線を受けて、紫の長髪の魔法使いが振り返って確認した。
「紅茶よりコーヒーのほうがいい?」
「いや、」
「あ、お前の好きな茉莉花茶があるぞ」
 ロイエルが不思議そうに尋ねた。
「まつりかちゃ、って、何?」
 ゼルクが軽く笑う。
「茉莉花という花の香りをつけたお茶のことだよ」
「こんな匂いだ」
 アインシュタインが茶缶を持ってロイエルのそばに来た。
 ふわりと芳香が漂う。
「いい香り」
「飲んでみるか?」
「……」
 魔法使いに聞かれて、少女は、中将の方を仰ぎ見た。
「気に入るといいけど、」
 微笑みかけられて、ロイエルはどういう顔をしたらいいのかわからず、顔を伏せた。心なしか頬が赤い。
「うん。……飲んでみたい」

 やや遅い昼食が終わって魔法使いが研究院に帰り、15時を過ぎたころに、ユリがやってきた。紙袋を持って、なぜか、トレーニングウェアを着ている。
「こんにちは」
「ユリさん」
 迎えたゼルクに、「ロイエルちゃんは寝てるのかしら? はいこれ、どうぞ」、と、言いながら紙袋を手渡した。
「ロイエルちゃんの暇つぶしになるかと思って。映像ディスクが入っているの。映画や、アニメや、音楽番組……ロイエルちゃんくらいの子が喜びそうなものを入れてきたのだけど」
「助かります。どうぞ」
 招き入れると、ユリは台所へと向かった。
「食材は足りてますか?」
「お陰様で」
 冷蔵庫を開けて、小さくうなずいた。
「後でお野菜を追加しておきますね。お肉やお魚は足りてるみたいね」
「ユリさん、こんにちは、」
 振り返ると、食堂の入り口にロイエルが立っていた。
 ユリは微笑んだ。
「こんにちは。よかった。起きていたのね」
 少女は、少し恥ずかし気に笑うと、ユリの方へ近づいてきた。
 ガイガーの妻はもっと微笑んだ。
「調子はどう?」
「ありがとうございます。楽になりました」
「それはよかったわ。そうだ、ロイエルちゃん、お風呂に入るくらいの元気はあるかしら?」
 ロイエルは瞬いた。
「えっ?」
 ユリは笑う。
「お風呂よ? 午前中に言っていたでしょ? 入り方がわからないだろうと思って、来てみたの」

「ゼルク君、こんにちはー」
 しばらくして、ユリの夫がやってきた。満面の笑みを浮かべていた。
「やあ、ガイガー」
 ゼルクが招き入れると、悪友はますます機嫌を良くしてこう言った。
「ロイエルちゃんのお風呂上りが見たくて来てみたんだ! ふぐッ!」
 ガイガーがそう言い終えるや否や、ゼルクは彼の腹に蹴りを入れた。
「帰れ」
「ああっ、正直に言い過ぎた……。嘘嘘。ロイエルちゃんに、こっちの映像ディスクもどうかなーと思って、持ってきたんだ」
 ホラー映画のディスクが数枚握られていた。
 ニタリ、と、ヒゲだらけの男が嗤う。
「夜に見せると最高。一人で眠れなくなるヨ? 『眠れないから一緒のベッドに入れて?』とか、頼まれちゃうかもヨ?」
 声色を変えて声真似をし、ゲスな笑いを浮かべてみせる。
 ゼルクはため息をついた。呆れて怒る気にもならないらしい。
「今でも十二分に情緒不安定なんだ。これ以上怖がらせるわけにはいかない」
「え。それって今でも十二分に添い寝可能ってこと? やったー。今夜ものぞき見させてもら……ゴフッッ!」
 ゼルクの肘鉄が、ガイガーのみぞおちにきれいに入った。
「ううっ、正直に言い過ぎた……。嘘嘘。キレイな心で業務遂行いたしますから、僕のことは空気だと思っていてください」
 国軍の幹部職員の動向は、魔法や機器を通して、逐一情報処理課に監視される。それを了承しなければ幹部にはなれない。
「ゼルク君」
「なんだ?」
「今日の夕ご飯は、ルーから作ったゼルク君のカレーが食べたいなあ。僕」
 夕食に僕ら夫婦をお招きして? と、両手を握って首をかしげて、かわいらしく頼み込むが、岩のような大男がする仕草なので、ひとつも可愛くないどころか不気味だった。
 自分と二人だけでの夕餉は、ロイエルの気が塞ぐだろうな、とは思っていた。
「そうだな」

「くすぐったい、」
「あれ。ロイエルちゃんは、人から背中を流してもらったことって、ないのね?」
「あります、けど。こんな風にそっと触れられることってなかったから、」
 ユリから、お風呂の使い方を教わり、ついでにということで、二人で入浴している。大理石の立派な風呂ではなく、もう一つある簡素な方でいい、と、ロイエルが言ったのだが、聞き入れてもらえなかった。
 やさしく背中を洗われて、ロイエルはクスクス笑いながら身をよじった。
「あんまり強くこするとね、肌が荒れるでしょ?」
「そうなんですね、……ふふっ」
「ふうん?」
 ユリは、試しに指先で、少女の背中を撫でてみた。
「やだ、っふふふっ、」
「あ、わかった。くすぐったがり屋さんなんだ」
「そ、そうみたいです……自分でも、知らなかった」
 くすくすくすくす笑うので、ユリもなんだか可笑しくなってきた。お風呂に入って、こんなふうに楽しい気持ちになるとは思わなかったので、新鮮だ。
 ただ、きれいだったであろう少女の体には、あちこちに、青あざの名残が黄色く散っている。
 また、夫の友人に対して怒りの気持ちが芽生えるが、ここで暮らすにあたっての制裁は科した。そして、ユリにとっては意外なことに、彼はそれに耐えた。断罪のつもりだったのだが。
「ユリさん?」
 少し考え込んだユリに、少女が振り返って声を掛ける。
「ううん。なんでもないの。そうだ。夕食をごちそうしてもらおうと思ってたのよ。ゼルクさんに。ガイガーから聞いたの。ルーから手作りするカレーライスがとてもおいしいって。こんな機会でなければ、手料理なんて食べられないもの」
「そうなんですか?」
「そうよ。なかなか首都には帰って来ない人だしね。さ、お湯を掛けるわよ?」

 お風呂から上がり、二人して、新しいトレーニングウェアに着替えて、台所に行く。すると、ゼルクが料理を作っていて、隣には熊のような大男がいた。ガイガーだ。
 ロイエルは、びくりと驚いたが、なんとか声を上げることは踏みとどまった。
 にこにこと、熊男がお風呂上がりの少女に微笑みかける。
「こんにちはーロイエルちゃん。朝にも会ったけど、僕のこと覚えてる?」
 身をかがめて、ロイエルと同じ目の高さになって、ガイガーはやさしく言う。
「ユリちゃんの旦那さんで、ゼルク君のお友達の、ガイガーだよ?」
「あの、朝はごめんなさい。驚いてしまって」
「気にしなくっていいんだよ? 僕のように逞しい男前は、驚かれることに慣れているからね?」
 ふん、と、腕をまげて力こぶを作って見せる。そして、にこっと人好きのする笑みを浮かべて見せた。
 少女は緊張をといて、くすりと笑った。
「……かわぃい」
 ガイガーはとろけた。
 ゼルクとユリは苦笑した。
「何を作ってらっしゃるの?」
 ユリが鍋をのぞき込む。刻んだタマネギが、とろ火でしんなりと炒められている。
「カレーライスです。よかったら、夕食を一緒にどうかと思って」
「はいはいはーい! 僕がリクエストしましたー! ゼルク君のカレーライス!」
「あら。実は、私も、ガイガーから噂を聞いて、お願いしようかと思っていたのよね。嬉しいわ。ごちそうになります」
「中将、私がお手伝いできること、ない?」
 おずおずと切り出した少女に、青年は笑いかける。
「ありがとう。後で食器を出してもらうのと、そうだな、」
 食器を出すくらいしか手伝えないのかとしょんぼりしたロイエルを見て、ゼルクは内容を追加した。
「お米を研いでもらえる?」
「! わかったわ!」

 夕食を作っているゼルクとロイエルを見て「新婚さんみたいだねえ」とほほえましく思った新婚のガイガーは、愛妻とともに、映像ディスクを持って、大型テレビがある部屋に行った。そこには大きなソファがあり、毛足の長い絨毯が敷いてある。
「ユリちゃん、僕ね、怖い映画もってきたの。食後にどうかなって思って」
「私はいいけど、ゼルクさんも大丈夫だろうけど、ロイエルちゃんがどうかしら?」
「保護者のゼルク君は、ダメだって言ってた」
 ユリは肩をすくめてみせた。
「じゃあ、だめでしょう?」
「でもさあ。僕は、ロイエルちゃんの自主性を、優先したいんだよねえ」
 内心ではこうだ。あの少女が意地っ張りだということはわかっている。無理をしてでも見ると言い張るだろう。そうしたら、夜きっと眠れなくなって、ゼルクを頼る。結果、おいしい監視画像が見られるかもしれない。
「あとで、本人に聞いてみることにしよーっと」

「村では白いご飯を食べたことはあるの?」
「いいえ、ないわ」
 見事に大量のお米を研ぐので、ゼルクがそう聞いてみると、やはりというか意外なことにというか、否定された。
「……ジョン医師は食べてたけど、ロイエルは食べてない?」
 そう確認すると、当然のように首が縦に振られた。
「当たり前でしょう?」
「食べてみたいとは思わなかった?」
「どうして?」
 質問にすらならなかった。
 ゼルクは、ロイエルがきれいに研いだ米を、ボールから炊飯釜に移して水を加えた。
 ロイエルが首をかしげた。
「中将、お米って、かまどで炊くのだけど……首都ではどうするの?」
「電気釜で炊くんだ」
「また電気なの。それは、どこにあるの?」
「これだよ」
「えっ、こんなに小さいの? 私、てっきり、これはお釜を保管する入れ物かと思ってたわ」
 ピ、ピ、と、ボタンを押して、炊飯器にセットした。
「はい終わり。あとは夕ご飯時になったら炊けてる」
「……そうなの?」
「領主の館で見たことない?」
「ないわ。だって、領主の館の厨房って、薪で全部料理していたもの」
 舌が肥えた一族は、逆に薪での料理を好んだのだろう。
 ついでにゼルクは聞いてみた。
「カレーを食べたことある?」
「ないわ。作ったこともないの。よその家で見たことはあるけれど。……香辛料をたくさん使った料理は、ドクターが嫌ってて」
 ゼルクは少し心配になってきた。
「本当に初めてなんだ。辛いけど大丈夫?」
 その聞き方が気に障ったのか、ロイエルは少しむっとした。
「大丈夫よ。いい匂いだし。食べられるわ?」
「ちょっと味見してみる?」
 ゼルクが小皿とさじを渡すと、ロイエルは、たくさんよそって勢いよく口に入れた。
「あ」
 少しすくってゆっくり食べなさい、と、言おうとしたがもう遅かった。
「!!!」
 少女の顔が真っ赤になった。
 ああ、彼女は辛いのが苦手で、けれど今までそれを知らなかったんだな。と、冷静に思うゼルクは、今日はそこまで辛いカレーは作っていない。
 コップに水をくんでロイエルに渡すと、こくこくと飲み干されて、さっき教えたとおり、蛇口の取っ手を上げて、自分でおかわりを注いだ。
 まだ辛いらしい。顔をしかめている。
 そういえばマヨネーズを食べると辛いのが消えると思い出して、ゼルクは冷蔵庫からマヨネーズをとりだして、さじに入れて差し出した。
「ロイエル、ほら、マヨネーズ食べてごらん? 辛いのなくなるから」
 ふと、まさかな、と思いつつ、聞いてみる。
「食べたことある?」
 果たして、また首が横に振られた。
「……そうなんだ……」
 しゃべるのもつらいらしく、口を両手で押さえている。
「ロイエル、口を開けて?」
 ゼルクは自分の口にマヨネーズを含んだ。
 口に当てられた手を退かして、ちゅ、ちゅ、と、軽く口づけすると、マヨネーズの味が移ったのか、ロイエルが少し口を開いた。
 辛みが、マヨネーズで紛らわされる。もっと、と、思い、舌を伸ばすと、ゼルクの舌と絡まった。口中を優しく丁寧に撫でられて、ひりひりしていたのが消えていく。
 しばらくそうしてから、ゼルクが聞いた。
「辛いの消えた?」
「うん。……マヨネーズって、そういう薬なの?」
「違うよ。調味料。サラダとか、色んな料理にかける」
 よくある調味料だよ、と、言おうかと思ったが、また機嫌が悪くなったりショックを受けたりするかもしれないので、やめておいた。
 口がマヨネーズ味になっているので、2つのコップに水を注ぎ入れ、一つをロイエルに渡す。
「ロイエルの分のカレーは別にして、ヨーグルトとハチミツを入れて甘くしてあげる」
 小鍋を取り出して、カレーをすくい分けた。
「ありがとう。でも、私、頑張って、いつか、辛いのに慣れるわ」
「辛いのが駄目な人もいるんだから、無理しないで?」

 夕食は、ユリの仕事の都合により、19時からとなった。
「ロイエルちゃん、それまで映画見ない?」
 ガイガーが、数枚のディスクを、少女に見せた。夕食まであと2時間はある。
「映画やテレビ、見たことある?」
 ゼルクが聞くと、ロイエルはうなずいた。
「映画は見たことないけど、大きなテレビなら、領主の館に置いてあったわ」
 ガイガーがにっこりと笑って「いいネ!」と言って、ディスクのパッケージを見せた。
 ホラー映画であった。
「ガイガー、それは駄目だとさっき言っただろう?」
 制するゼルクに、友人はにたにた笑う。
「まあまあまあまあ。こういうのは、ロイエルちゃん自身の気持ちを尊重しなくっちゃあネ! どう? どう?」
「う……」
 ロイエルが目に見えて青ざめた。
 ガイガーが嬉しそうに笑う。
「怖いの苦手? どう?」
「へ、平気よ?」
 顔色からしてどう見ても平気ではない。
「やめろガイガー」
「大丈夫、平気よ?」
「意地を張らないんだよ、ロイエル」
「意地なんて張ってない。平気だってば」
 強がる少女に岩男が喜んで、パッケージを近づけて見せた。
「カワイイパッケージだよね。ほらー」
「キャ!」
 闇に浮かび上がる青白い恨めしそうな女子供の絵柄に、ロイエルが小さく悲鳴をあげて、そばにいたゼルクの服を握った。
「ガイガー」
 ヒゲだらけの男は、威嚇する保護者と怖がる女の子が見られたのに満足して、大きくうなずいた。
「よし。やめよう」
「大丈夫よガイガーさん私見れる」
 しかし本人が食い下がった。
 ニタリとガイガーが嗤った。
「えっホントに?」

 映画自体は一時期大流行して数度に渡ってテレビ放映されているので目新しくなく、また、職業柄、幽霊がどうこうより、もっとおどろおどろしい現場に出かけているので、青年二人にはどうということはなかった。単なる時間つぶしである。
 問題はロイエルだった。
 物語は夜に進行する。窓に張り付く怨霊。細く開いたドアから覗き見る怨霊。追いかけてくる怨霊。消えたと思ったら目の前に現れる怨霊。
 それらに、「う、」とか、「キャア」とか、「やだ、」とか、「えええ」とか、可愛らしい声を上げておののく姿に、ガイガーは非常に満足した。もっと言えば、私的に動画撮影しておきたいくらいによかった。
「もう止めようか?」
 ゼルクの助け舟に、がくがくと膝を震わせて、それでも少女は強がる。
「全然大丈夫よ」
 街中の人々が怨霊に取りつかれて主人公たちを狙い始める。
「……」
 ロイエルは言葉を失った。
 ソファに座っているゼルクは、絨毯の上のロイエルを見下ろしてその絶望ぶりを確認すると、隣に座る悪友に小さく確認した。
「これってバッドエンドだった?」
 にやりとうなずきが帰った。
 この子独りで見せるのは酷だと思い、ゼルクはぶるぶる震える女の子に声を掛けた。
「ロイエル、こっちにおいで」
「いいの大丈夫」
 巻き込まれた主人公の恋人が、ぎゃああああという悲鳴を上げて怨霊に取りつかれた。
「ひゃあッ!」
 ロイエルがひどく驚いた。
 怖いもの見たさで、画面にくぎ付けになっている少女の手を引き、ゼルクは膝の上に抱き上げた。それを見ていたガイガーが得たりと笑う。
 少女は青年にしがみついて、それでも恐怖映像を見る。
 ついには、主人公を助ける祈祷師までもが、怨霊にとりつかれてしまい、孤立無援となってしまった。
「そんな……」
 ゼルクが、絶望するロイエルの背中をさすりながら、「お話だから、」、と、言い添えてあげるが、聞こえていないようである。
 クライマックスになり、無数のとりつかれた者たちが、自動車で逃げる主人公に追いすがる。びたびたと車に張り付いてきた。
「もうやだ、こわい、」
 ついに弱音を吐いた少女のあまりの怖がりぶりに、最後まで見せたらバッドエンドだから刺激が強すぎるだろうな、と、思った保護者は、ブツリと映像を止めた。隣の悪友は「いいところだったのにい」と言うものの、むしろ面白そうにニタニタ笑って少女と保護者を見ている。
「……ひっく、」
 ロイエルが涙を落した。我慢の限界だったらしい。
「ほら、もう終わり。大丈夫だから、泣かないでいいよ?」
「僕ちょっとトイレー。ごゆっくりー」
 ガイガーがソファから立ち上がって、ゼルクに親指を立てて見せると足取り軽く去っていった。それではまるで徒党を組んでロイエルをいじめたみたいではないか、と、ゼルクは眉を顰めて悪友を見送った。
 小さい泣き声を上げて、ロイエルがゼルクにすがりつく。
「泣かないで。もう怖いの見せないから」
 頭にキスを落しながら、ゼルクがささやく。
「ね?」
「……なんでこんな怖いもの、みんな見るの?」
 涙をこぼしながら、顔を上げてロイエルが聞く。
「怖いの嫌いな人は見ないよ。好きな人が見るんだよ」
「……きらいなのに、見るんじゃなかった……」
 中将止めてくれたのに、と、ぐすぐすと泣いて反省する。
 なぐさめるために、また頭にキスを落とすと、ロイエルが顔を上げた。
「私、あなたの言うこと聞かなかったのに、どうして優しくしてくれるの?」
「言うこと聞くとか、そんなの期待してないよ」
 ちゅ、と、頬にキスして、「嫌じゃない?」と確認し、うなずきを得ると、ゼルクはロイエルに軽く口づけた。
「反抗するのも子どもの仕事のうちなんだから。気にしないで思った通りどんどん反抗したり、意地を張ったりするといいよ」
 それを聞いて、ロイエルはむうっと口を尖らせた。
「子どもじゃないわ?」
 大事そうに、ゼルクが少女の頭を撫でる。
「子どもだよ。子どもでいいんだよ」
「……」
 それを聞いて、ロイエルがふと肩の力を抜いた。
「おいで」
 ゼルクは細い手を引き寄せて、ぎゅっと抱きしめる。
「だから、甘えていいんだよ」




←戻る ■ 次へ→
作品紹介 へ→
inserted by FC2 system