DEEP METAL BATTLE

歌帖楓月



裏DMB 「聞こえぬ石牢」情報処理課サイド
「聞こえぬ石牢」での「あれ」を見た、情報処理課側の反応です。

 ピイイ、と、精密機器の作動音が微かに響く夜の情報処理課。
「へーいおんに一日が終わるねえ」
 ガイガー管理官は、今にも一杯やりそうな呑気な声を出しながら、モニタを見ている。
「ミスリルマインに、かのゼルクベルガー君が入って1日目。彼の動きは確実に押さえておかねばならない。今後の資料となり得るのだ。何日でまとめてくれるかねえ。それが楽しみだねえ」
 ふふふふ、と、演劇でも楽しんでいるかのように、無責任な言葉を吐きながら、笑っている。
「終わると良いですね」
 うなずきながら、メガネをかけた男性職員もモニタを見入る。
「ま、お手並みーご拝見、ってやつね。シヤドの戦いっぷりもなかなかすごかったけど。今回は『謎に挑戦』だからねえ。どうなるだろ。楽しみ」
 シヤド、灼熱の炎燃え盛る岩山の洞窟の中で、シヤドの『主』と、ゼルクベルガーは一騎打ちをしたのだ。ミスリルマインに来る直前に片付けた任務だった。あの時の彼は、国軍の指揮官というより、抜きん出た剣士であった。重い特殊装備をものともせず、シヤド一の武術家と戦い、そして認め合った。
 女性の職員もやって来て、モニタを見つめた。
「あら。地方領主の家ですか。一昔前の華ですわね」
 ガイガーが笑う。
「でしょ? なんと、石牢があるんだよ、地下に」
「それはなかなか」
「そうよ。古き良き時代よ」
 石牢の歴史は良いものではないと思う。まあ上司のこういった冗談に一々突っ込んでいたら、真夜中になってしまうので、女性職員は黙したまま、肩に届く黒髪をかきやった。
「しかし、ゆっくりした展開ですね? 小さな村なのに、首謀者はまだ見つからないのですか? ああ、そういえば、女の子が一人、捕まったのでしょう? その石牢に」
 女性職員の言葉に、ガイガーはニッと笑った。
「そうだよー。その娘曰く『自分一人でやった』。かわいいねえ。誰かをかばっているね。まあ、子どもを使うくらいの奴だから、大したことはない」
 男性職員が、しかし、と言って首を傾げる。
「ミスリルマインの黒幕は、こちらの魔法体系に属さない魔術師です。ということは、こちらの魔法体系の倫理観にも外れる可能性が大きいですよね。その娘自体が『術具』であることも……。その場合は、」
 そうね、と、ガイガーは同調した。
「ゼルクベルガー中将が、それに対してどのような考えを持っているか……。そこだね、問題は」

 やがて、中将が石牢に来る映像が、モニタに出た。
 会話を聞きながら、管理官は、にやにや笑った。
「うむうむ。女の子の話をきちんと聞いたげて、情状酌量の線で開放する気だね? いいねえー」

「本当に、はきはき言う子ですねえ」
 強気な表情で、ゼルクベルガー中将の問いに答えている少女を見て、男性職員は目を丸くした。
 ガイガー管理官も、のほほんとした表情ながらも、同意してうなずいた。
「うん。それに、ゼルク中将の方もね。あれー? 珍しいな。ゼルク君があんな言うとこ、あんま見ないねえ」
「……言うんですね、ゼルク中将も」
 友の前では、まああんな面も見せるが、……管理官は瞬きを数度してみた。
 おかしいな。
 随分とあの子につっかかる。
 ……まるで子供のけんかのようだ。
「ふうむ。なんか変な感じだなあ。ゼルク君」
 ガイガー管理官の眉間に、わずかにしわが寄った。が、呑気な雰囲気はほとんど変わらない。
 男性職員がメガネのつるに手をやりながら、管理官の表情を伺った。
「めずらしいですよね? ……管理官もそう思われるんですか?」
 管理官と中将とは親友なのだ。
「うん……めずらしいね。……ううーむ?」
 ……女の子を怒らせて本音を聞きだすつもりだろうか? しかし、本音とは言っても、子どもの証言はあまりあてにはできない。なのに。それが、何かの利になるのか? 
「うんまあ、ゼルクベルガー中将は優しいからねえ。この子を解放する気で何かたくらんでるのかもね……」
 大概そう考えて矛盾がなかったので、ガイガー管理官はそう言葉を結んで、コーヒーを飲むべく後ろを向いた。背後のテーブルに湯気のたったコーヒーカップが用意されているのだ。
 その直後であった。
 モニタを見つめ続ける男性職員の目が、これ以上ない程大きく見開かれた。
「……あ、」
 後ろを向いて、コーヒーをすする上司に報告しようとするが、言葉に詰まり、彼は、上司の背中を叩くことでその用を成した。
「なあに?」
 ガイガーはコーヒーカップを持ったまま呑気に振り返り、固まった。
「……な、」
 しかし流石はというか、一瞬にしてガイガーは硬直状態から立ち直り、机上に置かれたヘッドセットモニタを着けて、周りの部下に指示を出した。
「いそいで機密処理。ぜっったいに課から外に漏らさないこと。あああ、夜でよかった……。昼にこんなことされてたら上にばれて大事だったわ」
 その指示に弾かれて、バタバタと職員らが駆け回り始めた。
「あの人何やってんの……」
 それだけつぶやき、ガイガーは信じられないものをモニタに見ていた。
 凌辱行為。発覚して軍法会議に掛けられたら、懲戒処分となる。そして一般の刑法適用で処罰もされる。しかし、軍の管理職の場合、それだけではない。機密を知る人間が、そのままで社会に放されるわけはない。
 管理官は、そんなことを考えつつも、正直な感想を口にした。
「うわー……生だ……」
「何言ってらっしゃるんですか!」
 不真面目な上司をたしなめながらも、職員たちは平静を取り戻した。こういう事態に陥るとは思わなかったが、こういう画像には、慣れている。管理職の行動は、たとえプライバシーの領域であろうと、逐一漏らさずに情報処理課に監視されているのだ。同意があるにしろないにしろ、私生活にしろ公的なものにしろ。
 職員たちは、各自の仕事をやり終えた。
「フィードバックのブロック処理完了しました」
「第一種硬化ロック完了です」
「……ちなみに、保管課に情報を回すのは結構ですか?」
 管理官は、どーしようかなー? と、首を左右に傾げて、笑った。
「ふふふふ。親友のよしみだから。無慈悲に回してどうぞ」
 あの鬼将は何と言うだろうか。……何も言わないか。ガイガーは、保管課課長がこれを見て、一体どういう反応を示すか非常に楽しみだった。いつものとおり、落ち着き払ったままだろうか。
 彼の部下らは、不気味な上官のほほ笑みにも慣れた様子で、「では送っときますね」とうなずいた。
 おねがいね、と、上官はうなずき返して、モニタに向き直った。
 そして、感心した様子でうなずく。
「ううむ。確かに、そういう目で見れば、おいしそうなお嬢さんではある。可愛いくってきれいよね。大人になるのが楽しみ系」
「……管理官」
「組合の相談窓口にセクハラ上司だって言いますよ?」
「もおー! だってそうじゃん。君、あの子かわいくない? ゼルク君目の付け所いいよ? 俺今まで気づかなかったもん。だって渦中の娘さんだよ? そういう目で見にくいでしょ? うん、俺ってなんて真面目なんだろう、仕事一筋だったのね」
「セクハラ発言」
「だあああ。なんて部下なんざましょ! ちょっと、あのね、僕は、今ここに流れる苦々しい雰囲気をなんとか和ませようと思っての、思いやり発言をしているのよ? ねえ、あの子可愛いとは思わないの? 君たち! 微塵も! これっぽっちも! どうよ?」
 ガイガー管理官は、メガネをかけた男性職員に詰め寄った。ガイガーは、この場合、こわい表情になっている女性職員には迫らないことにしていた。
「……そりゃ、ちょっとは……」
 ごつい上司に迫られて、苦い表情になり、絞り出すような声で彼は返答した。
 それを聞いてガイガーは勝ち誇ったように小躍りする。
「ほおらね! 素直が一番! 仕事は二番。……あー僕だけじゃなくってすっきり」
「人として、そういうのってどうかと思います」
 メガネの男性職員以外の全員が、ガイガー管理官に向かって言った。メガネの男性職員は、上司のやりようにため息をついている。
「権力行使で無理に発言を引き出させるのもどうかと思います。仕事は最下位でしょ?」
 ごほん、と、ガイガーが咳払いする。
「君たち。そこまで言いたい放題で、的確な意見が言えるのに、一体僕のどこに権力乱用があるというの?」
 女性職員が冷たく視線を返した。
「おわかりにならないんですか?」
「自覚がないと」
「でしたら、その管理職の椅子には座らないでください」
「もっと上の方に報告します」
 管理官は頬を膨らませた。
「んもう! ゆうずうが効かないんだからっ!」
 
 手が空いた職員は、全員が、そのモニタの周りにたかった。
 管理官は、モニタ前の椅子に座ってコーヒーをすすりながら見ている。
「あーあーあー。痛そうなことばっかりしちゃって」
 その周りに、職員たちが立って、固唾をのんでいる。
「泣いてますよお……」
「怖いんだよ。可哀想に」
「もうやめてやればいいのに」
「酷い」
「この方がこういうことするの、初めて見ましたけど」
「泣いてるよ……」
「見てられない」
 ガイガー管理官は、コーヒーを飲み干し、お替わりを注いだ。
「あんなことばっかりしなくてもさ。もっとやりようがあるだろうに」
 左隣に立っている女性職員が、氷の言葉を鋭く落とした。
「ちょっと、何、言ってるんですか管理官」
 別の女性職員は、泣きそうな顔でモニタを見つめている。
「心の傷になりそう」
 管理官の真後ろに立つ男性職員たちは、途方に暮れて語り合う。
「助けに行きたい」
「でも駄目なんだよな。情報処理課って、見てるだけが仕事だもの。辛いよな。こういうとき」
 そして、……夜が更けていく。


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