万の物語/十二万ヒット目/十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


12

 卯月は風呂から上がるとすぐに寝床についた。
 今日も暖かくておいしい飯が食べられた。
 明日もきっとおいしいホットケーキが食べられるだろう。
 そうだ、今度マサヤに作り方を聞いてみよう。
 ほくほくとご機嫌な面持ちで、卯月はひっつめに結っていた髪を解くと、手で適当に梳いて、ぐうと寝た。
 そして、どれくらい眠ったことだろう。
 夢を見た。
 それは、宙ぶらりんになる夢だった。なんだかよくわからない場所で、宙づりになっていた。
 初めはなんとも思わなかった。
 布団被ってないから寒いぜ、と、妙にまともに考えたりした
 だんだんと周りの風景が作り上げられていった。
 そこは荒野で、自分はどうやら、がけっぷちにて宙ぶらりんにされている。やべえすごく怖くないかこれ、と思ったが、そんなでもなかった。
「ヘッヘッヘッヘ、」
 すると、どすの利いた声が聞こえてきた。卯月は辺りを見回した。よくわからない。夢だからこんなもんだろう、と、妙にまともに考えた。
「卯月ちゃんよォ、俺様のコト、覚えてるゥ?」
「……」
 ひどく、生々しい声が、聞こえてきた。
 これは夢じゃないんじゃないか? と、思った。
 卯月は目を開いた。
 そしてわかった。
 夢じゃなく実際に自分は宙ぶらりんにされているということ。
 誰かが自分の膝を捕まえてそうしているということ。
 部屋が暗いからよくわからないが、それは大層でっかい人で、
「ア、目が覚めたみたいダねえ? 卯月ちゃあん?」
「!」
 この声は、
 二週間前に会った。
 あの、
 怖すぎの、
 卯月はもっと高く持ち上げられた。 
 相手の顔と、自分の逆さ顔とが同じ位置にくる。
 卯月の視界の全てが、毛むくじゃらの男の強面でいっぱいになった。
「オハヨウでコンバンワーァ? セイシェル機動部長ですヨーォ?」

「ギャアアアアアア!」

 膝を捕まえられた卯月は、セイシェルから上下に激しく振られた。
「今夜はねェ、生活安全部の張り込みが、張り込みがッ、奮わなかったんだよ! 他所の部のコトだけども、やっぱ奮わないと欲求不満がたまっちゃってねェ? だったら卯月ちゃんのこと振るったろと思って、来ました」
「ギャー! ギャー! ギャー!」
 泣き叫ぶ少女を見て、機動部長はニヤニヤ笑った。
「そうそう。やっぱ打てば響くような反応が無いとサァ、俺様もスカッとしない訳だよ。卯月、ホーレ、もっと泣け泣け、」
「ギャー!」
「フハハハ」
 剛毛のヒゲ男は鬼のような形相で満足げ笑うと、「おめえ悪さしてねえだろうな?」とドスのきいた声にて泣く子に聞いた。
「してねえよ! してねえよッ! 離せよちくしょーー!」
「お。まだまだ言葉遣ぇがなっちゃいねえ。こりゃー許す訳にはいッかねえなァ」
 残念そうにつぶやくと、セイシェルは「おしおき追加ネ」と嬉しそうにして、卯月を天井に放り上げた。
「そぉりゃ!」
「ギャアアアアア!?」
 落ちてくる卯月を軽々と受け止め、その行為を何度か繰り返してから、「夜遊び、してねえか?」と聞いた。
「しッてねえよ! するか馬鹿ッ! 俺、ちゃんと寝てるだろ馬鹿ッ! どこに目ぇつけてんだよ!?」
 涙まみれでガタガタ震えながら答える卯月のことを、セイシェルは愉悦に満ちあふれた表情で見つめて、「おや、言葉遣いがなってないねェ全然」とうなずくと、また放り上げた。
「ッギャー!」
「卯月!」
 バシンと部屋の扉が開いた。
 他部の青年が立っていた。怒っている。これ以上ないくらいに。
 機動部長は落ちてきた卯月を受け止めて逆さづりにして、「今夜はこれでオチマイ」と言うと、床に下ろした。
「助けてぇえ! ウヅキぃいいッ!」
 卯月は四つんばいで這って、扉の際に立つ青年の所にゴキブリのような素早さで逃げ込んだ。
「機動部長、どういうつもりですか!?」
 腰を抜かして泣いている卯月を脚にしがみつかせたまま、ウヅキは腕組みをして、岩のような巨体の男に抗議した。
「非常識でしょう! 一体何時だと思ってるんです!? ご近所の迷惑も考えてください!」
「……へ?」
 それまで、妙にウキウキとウヅキを見ていたセイシェルは、しおしおと肩を落とした。がっかりしているようだ。
「近所迷惑かよ。なんだよぉ、怒るとこ、そこかよ……」
 力弱くつぶやく岩のような男に、ウヅキは「お引き取りください」と、ぴしゃりと言った。
「……はぁーい、おさわがせしましたァ……」
 肩を落とし、部長は、二人に背を向けてとぼとぼと歩き出した。部屋から出る気配はない。
 ちょっと振り返って「またな卯月」と言うと、消えた。

「頼む、お前の部屋で寝せてくれよ!」
 扉の際で卯月が土下座した。
「怖いんだよう! セイシェルまた来るかもしれないんだよぅ! このとおりだッ!」
 少女が切迫した様子なのに対して、ウヅキは眠そうだった。
「もう来ないと思う。悪い夢でも見たと思って、寝直せ」
 じゃ、と言って自室に戻ろうとする薄情な青年の脚に、卯月はしがみついた。
「ウヅキ様ッお願いします後生ですからッ!」
「どこで覚えたそんな敬語」
「知らねえよ、どっかでだよ! お願いだよううッ!」
「……」
 ガタガタ震えている。
 少女が、少しあわれになった。
 あの時もそれはそれは怖がっていたしな。と、ウヅキは二週間前のことを思い出した。しかし、あの時は、こいつだって悪かったんだが。
 だけど今夜は、せっかく寝ていた所を天敵に襲われたんだから。まあ、可哀想ではある。
「ウヅキぃいい、」
 本気で泣いている。
「わかったよ。今夜だけな」
 青年は少女に手を差し出した。
「立てるか? つかまれよ」
「……ありがとうウヅキ、恩にきるよう。今度食事作るよう」
「それは断る。作ったことの無い奴のなんか要らないし。恩を売る気もないから」
 やせっぽちな女の子が伸ばした細っこい手を、青年の大きな手が握った。
 膝が笑ってがくがく歩く卯月を連れて部屋に戻り、「じゃあ、こっち半分をお前に貸すから」と言って、寝台の左半分を指差した後、ウヅキは卯月の部屋に行って寝台から上掛けを取ってきた。
 寝台の左半分には、ウヅキから言われたとおり、卯月がちょこんと座り込んでいた。
「ほらこれ」
 上掛けを手渡して、「おとなしく寝ろよ?」と念押ししてから、ウヅキは寝台の右半分にて自分の上掛けを被って、寝なおした。
「……ウヅキありがとな、」
 小さな声が耳に届いたが、別に感謝されるほど良い事をしてるつもりもなかったので、青年は返事せず眠りについた。


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