万の物語/十二万ヒット目/十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


14

「ゴメンネー夕べは」
 公安庁舎に着くと、受付の所で機動部長が待ち構えていて、ウヅキにぺこぺこと頭を下げまくった。
「おはようございます。機動部長」
 挨拶すると、部長は「いやーホントに。夕べは済まなかったね」と頭を下げた。
「もう、しないでくださいよ?」
「しないともしないとも。もう来ない来ない。ごめんねごめんね」
「じゃあもういいです」
 異様に腰の低いセイシェルに気持ち悪さを覚えながら、彼に目礼すると、ウヅキは一人で三階に上った。
 「部長、なぁに舌出してるんですかィ?」というアリムラの声がするころには、懲罰執行部の青年は職場に入っていた。

 機動部長が居るならば、懲罰執行部にうちの部長は居ない。
 気楽に扉を開ける。
 そこには本と書類しかない。
 今日すべきことは、本の手入れだけ。
 これでいい。
 本来の業務は無い方がいい。
 自分しか居ないこの部屋で、黙々と本を手入れする。ウヅキはこの状態が好きだった。
 部長が居ると、うるさくてかなわない。
 机の上に、本棚からとってきた数冊の本を載せる。どれにも、懲罰を下した人間の「呼び名」が書いてある。部長が考えて書きいれるのだ。
 破れた背表紙を丁寧に修復しながら、ウヅキはため息をついた。
「いい加減でひどい題名ばかりだ……まったく」
 この場合のひどいとは、残酷ということではなく、おかしな、ということだった。
「人の魂を馬鹿にしてるとしか思えないんだけど」
「馬鹿に馬鹿って書いて何が悪いんだ馬鹿」
「……」
 生意気な男の子の声がした。わかっていたが顔を上げると、やはり上司だった。
「おはようございます。セイシェル部長」
「おはようウヅキ君。今日も朝から年寄り臭いよねえ。そんな本がどうなろうと知ったことじゃねえよ、とか、思えないの?」
「そんな、」
 ウヅキは、不機嫌に目を細めた。
「……僕は、人間ですから」
 セイシェルが顔をしかめた。
「朝から俺にケンカ売ってんのか?」
「いいえ。事実を申し上げただけです」
 さらりとかわして、視線を本に戻し、思い出して顔を上げた。
「あ、抗議することはありました。その言葉遣いをなんとかしてください。卯月があなたの影響を受けて『俺』って言うのがなおりません」
「卯月がどうなろうと知ったこッちゃねえよ」
「……」
 だろうな。
「もしかして、ウヅキはあれか? 卯月の保護者気取りか?」
「……」
 そう言われて、考えてみた。
 保護者じゃない。
 単に、部屋が余っていたから提供してやってるだけの話だ。
 だから、
「そうですね。卯月のことであなたにどうこう言う必要はありませんでした。すみません、忘れてください」
「……」
 セイシェルは口をへの字に曲げて、「ふぅん、奮わねえの」とこぼした。相手には聞こえないように。
 そして、別のことを聞こえるように言った。
「あ、ウヅキ、お前の頼れる広い肩が、たった今好きになった。肩車してくれよ? 高いところにしまってある菓子箱が取りたくってさァ」
「お断りします。どうでもいいので」


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