万の物語/十二万ヒット目/十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


21

 夜になった。ウヅキは浴室に行く途中で、卯月に呼び止められた。彼女の部屋の前の廊下で、二人は話した。
 卯月は、「今夜はもう風呂には入らないけど、いいよな?」と言った。「これ以上削ったら俺は消えてしまう」と。
 それに対して、ウヅキが「大げさなことを言うな」とたしなめると、「大げさじゃねえよ」と少女が腕まくりして見せた。露わになった皮膚が、所々赤くなっていたので、ウヅキは納得した。
「じゃあ、今日はもう寝ろよ。よかったな卯月。ちゃんとした風呂の入り方を教わって」
「あれって本当なのか? ミマの母ちゃんって、信じらねーくらい痛くこするんだぞ!」
「だいたい合っている」
「……ええー」
 卯月が視線を床に落とし、少々絶望した気配を漂わせた。
「あんなイテぇことを毎日かよ。俺はこれからどうすればいいんだ……」
「そんなに深刻に考えなくてもいいだろう?」
 ウヅキに呆れられるが、少女は、しかしすぐに切り替えたようで、ぱっと顔を上げてにこりと笑った。
「そだ。なあ、ウヅキ?」
 ツインテールにワンピースという、可愛らしい格好をした女の子に笑いかけられて、ウヅキは、それが卯月だとは重々わかっていたが、少々かなり動揺した。
「な……なんだ?」
 卯月はにこにこ笑うと、ちょっと背伸びをして、自分よりもはるかに背が高い相手の肩口の服地を、包帯だらけの両手で握ると、言った。
「あのな、こんだけ風呂入ったんだから、一緒に寝てもいいよな?」
「馬鹿いうな」
 健全な青年は反射的に拒否した。
 それを聞いたやせっぽちの少女は、相手以上に動揺した。
「えええええ!? どうしてだよ! ウヅキ、臭くなくなったら一緒に寝てくれるって言ってただろー!?」
「い、言ってな、……」
 ウヅキは記憶を掘り起こすが、言ったかどうか今ひとつ思い出せない。落ち着いて考える心のゆとりも今は無かった。
「言ったかもしれないが! 多分それは本気じゃない!」
「本気とかなんだよそれ!? ウヅキ訳わかんねーよ! どうでもいいから隣に寝せてくれよう! 俺こえーんだよ、あのオッサンが来たらこえーんだよう!」
 腕にしがみつく居候に、家主はようやく返した。
「……セイシェル部長なら、今朝こう言ってた。『もうしない、もう来ない、夕べはごめん』と」
 卯月は、しかし、顔を曇らせた。
「それ、ほんとなのか? うそじゃなくて?」
「ああ。ちゃんと聞いた。だから来ない」
「ええー……」
 半信半疑の様子ながら、卯月は青年の腕から手を離した。
「ほんとかなあ?」
「大丈夫だ。ほら寝ろ」
「うー、ほんとかなぁ」
 うなる卯月を部屋に押し込むようにして入れて、ウヅキは今度こそ浴室に向かった。


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