万の物語/十二万ヒット目/十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


22

 夜の歓楽街の裏通りで。今夜もまた、生活安全部の面々が張り込んでいた。
 昨夜と違う点が二つあった。
 一つ目は、酔いつぶれた親父が頭にたんこぶを作って気絶しており、手錠を掛けられて地面に転がされているところ。
 そばには、生活安全部長が立っている。
 二つ目の違い、それは、部長が私服を着ていることだった。これみよがしに短い丈の黒のワンピースに紫のハイヒール。いつにもまして胸のあたりがはだけられている、というか、乱れている。
 部長は艶かしい息を吐いた。
「おとり捜査って……ハァン、えっちい捜査のコトだったのねぇ? アタシ、かなり長年この部長してるケド、知らなかったわァ……ああんバカ、アタシの馬鹿、」
「いいえ! 姐さんは正しいです!」
「姐さんが正義ですッ!」 
 背後に控える部下達が、いっせいに弁護を始める。
「姐さんがシメなきゃ、俺たちが始末していたところです!」
「この程度で済ませるなんて、姐さんは優しすぎますッ!」
 中にはむせび泣く者もいる。
「うッ、うッ、こんな、こんな泥酔ジジイが、姐さんの宝物に触れるなんてッ! 自分、悔しいです! すごく悔しいですッ!」
「アンタタチ、泣いちゃ駄目ん」
 部長は、自分の乳を両手で抱えた。
「確かに、このオヤジったら、アタシのおっぱい揉んだケド。ああん、上手じゃなかったケド。……でも、アタシ、そういえば公僕でしょ?」
 あはァン、と、無駄に色香のあるため息を放って、セイシェルは目を伏せる。掃いて捨てるほどの色気を散らしている。
「アタシ思ったの。こうして住民のミナサマのご希望にお応えするっていうのが、アタシの使命なんじゃないかって。揉みたい方がいらしたら、喜んでおっぱい差し出すべきなんじゃないかしらって」
「姐さん! 早まらないでくださいッ!」
「駄目です!」
「そんなことになったら、代わりに俺たちのを差し出しますからッ!」
 下僕たちが一斉に反対した。そこに、通りかかった酔漢が『おほう色っぽい姉ちゃんだねェ、ここ盛り上がってるねーィ。おいちゃんも混ぜてくれよー』と近づくが、下僕の一人に「俺達ゃ勤務中でシラフなんだよッ!」と叫び返されて、飛び逃げていった。
「もう。アンタタチ……」
 部長の目に涙が浮かんだ。
「アンタタチってば、やっぱり一流の下僕ね……。わかったわ、アタシ、それは諦めるわ。ちょっと揉まれてみたかったケド」
「姐さ、ん、」
「姐さん……ッ」
「ウフン」
 セイシェルは小さく鼻をすすると、目じりを指で拭って「じゃ、今夜の収穫はこのオヤジ一匹。長居はイケナイから、みんな、帰るわよ」と命じた。


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