万の物語/十二万ヒット目/十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


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 心地よく温まったというのに、ウヅキは強いて冷水を被った。ぞっとする。何故こんなことをしないといけないのかと、我ながら呆れるが。しかたがない。止むに止まれぬ事情というものがある。
 女の子というものは。
 ……以前、生活安全部長が言っていたが、その時はまた変な冗談を、と軽くあしらったが。
 女の子は、何にでも化けられる。蝶にでも花にでもクソガキにでもおっさんにでもおばあちゃんにでも、なんにでもなれる。と。
 それを卯月で納得するとは思わなかった。
 見た瞬間、心臓がつかまれたような感じと、後頭部がしびれてめまいを起こしたような感覚とが、同時に襲ってきた。知っているとも。それらを総じて「ときめく」という感覚なのだと。
 それだけでなく「かわいい」と思ってしまった。
 あの卯月に……あの卯月にだ。
 朝はナマゴミのにおいを放っていた卯月に。
 この前まで息をするように自然にコソ泥をしていた卯月に。
 自分が男なのは当たり前だし、別に今まで不自由を感じたことは一つもなかったが。今回ばかりは強くこう思う。「女」に反応する「男」という性がうらめしいと。
 外見で安易に気持ちが左右されるほど、自分は軽薄ではないと思っていたし、またそうであるように努力してきたつもりだったのに。
 どうして卯月にかわいいと思ったりしなければならないのだろうか?
 自分のこれまでの努力は一体なんだったのだろうか。それもこれも男だから仕方がないことなのか?
 むなしい。
 頭と心は別物なのか。努力は結果につながらないのか。
 もう一度、冷水を被った。
 いや、と、考えを変えてみる。
 むやみに遠ざけようというのは、逆に、こだわっているという証拠ではないのか? そうだ。感情に振り回されるのではなく、もっと、冷静に、平常心をもつべきだ。
 卯月だっていいところはある。毎日ホットケーキを作っても不平を言わないし。こちらの生活に干渉してこないし。距離感をわきまえているし。……賢い子だ、よく考えると。
 そういえば、と、思った。
 女の子独りで、よくもまあ、性質の悪い輩に利用されたり食い物にされることなく、今まで生きてこられたな。いやいや、あれだけ小狡くて口が悪くて信用ならなくて、そのうえ以前の格好なら、利用価値は無いに決まっているが。そうだ、以前は「取るとこなし」とか「卯月が通った後にはぺんぺん草一つ生えない」とか言われていたし。
 ……。だから無事で済んだ、ともいえる。
 卯月は、ひょっとして、賢いのではないか?
 日の当たらない世界のことは、仕事上知っている。泥沼でもがくような生きざま。誰かを、それは友人でも親子でも、踏みつけないと自分が沈んで苦しみながら死んでしまう。しかし、そうしてようやく生きていく場所は、貧しく悪意に満ちた不快な環境でしかない。
 特に女の子は早々に食い散らかされる。彼女たちは「女」で「若い」、それは、物と金が無い者にとっての財産となる。本人の意思とは無関係に売り買いされ、若くなくなるまでには、雑巾のように汚される。
 そんな世界で、よくも無事で。……まあ以前はあれだから。
 それはつまり、賢い、ということなのではないか?
 気がつくと体の熱が消えていた。
 たしかめたい、と、思った。
 自分の「考え」が、正しいのかどうかを。卯月に。
 明日、聞いてみよう。


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