万の物語/十二万ヒット目/十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


27

 家主は、右腕で居候の肩を支え、左手に彼女の枕と上掛けを抱えて、自室に戻った。
 寝台には起き出した時の温もりがほんの少し残っていた。
「じゃあ、左側使え。私は右側で寝るから」
 言いながら、自分の上掛けを左に寄せて、右には卯月のそれを置く。
「ほら、」
「ありがとなウヅキ」
 できるだけ手を使わないようにして、少女は寝台に上った。
 彼女が上掛けにくるまるのを待ってから、ウヅキも横になって上掛けを被った。そして、右側を向いて寝る。居候に背を見せて。
 ウヅキはきっかり目を閉じた。とりあえず明日も仕事なのだ。頭を切り替えて寝よう、と、思った。
「おやすみ卯月」
 背中で挨拶をした。
「おやすみ」

 寝ようにも眠れない。かといって、あからさまに起きているのも辛い。
 なぜなら、
 背後で、らしくないにもほどがある、押し殺した鼻をすする音と、がちがちに硬い身じろぎの音が、静かすぎて逆に気になるほど静かに、聞こえてくるからで。
 あれからどれくらい経っただろうか。あれからというのはつまり寝直してからだが。
 まだ外は暗い。夜明けには時間がありそうだ。
 後ろが気になって仕方が無い。起きている以上に神経を使ってしまう。……それが卯月に関してなのだから、不条理だとすら思う。
 ええい、と、寝返りを打って、卯月の方を向いた。
「卯月、眠れないのか?」
 声を掛け、身を起こし、腕を左後ろに伸ばし、寝台脇の小さな灯りをつけた。弱い橙色の光がほうと照った。
 卯月は、頭から上掛けを被っていた。それはこんもりと丸まっていて、何かの生き物の巣か塚のようだった。
「卯月?」
 呼びかけに、かえって反応が無くなった。
 らしくない。
 遠慮しているのか? 卯月が?
 生活安全部長の言葉が思い返された。「衣食足りて礼節を知る」と。あの時はどうしてことわざなんか持ち出すんだと思ったが。
 そんな馬鹿なことがあるか。卯月だぞ。でもまさか。ほんとうに?
「卯月、寝たふりするなよ」
 ありえない疑念を振り払おうという気も手伝って、ウヅキは、あえて勢いをつけて上掛けをはいだ。
「お、」
 しかし、思わず声を漏らした。
 そこには、弱りきった女の子が居たからだった。
「えぐっ、」
 嗚咽が漏れた。膝をぎゅっと抱えて縮こまっていた。
 顔が涙まみれでぐしゃぐしゃだった。
「そんなに怖いのか?」
 それだけつぶやいて、言葉が続かなかった。ウヅキは彼女の恐怖がお化け屋敷的な一過性のもので、すぐ落ち着くだろうと思っていたのだが。
 違うようだ。
 良く考えたら。卯月は女の子で、細くて小さくて、そういえば唯一の武器だった「ずる賢さ」は機動部長によって挫かれたのだ。今は、寄る辺が無い訳だ。
 ぐす、と、鼻をすすって、卯月が包帯だらけの手で涙をふいた。
 どしゃぶりの中に捨てられた子猫のように見えた。
 ただ寝るだけの場所を提供した自分が、冷たい人間に思えた。
「来い、卯月、」
 申し訳なくなって、卯月を抱き寄せた。幼児をあやすような気持ちだった。
 ほそっこい体は、物足りないほど小さくウヅキの腕に収まる。触れてみて初めて彼女が震えていることがわかり、自分の配慮の無さを思い知った。どうにも、以前のずる賢くて油断がならない「とるとこなしの卯月」の印象が強すぎて、彼女は心も体も頑丈にできていると確信していたのだが。少なくとも、今この時は違う。
「怖かったな卯月。もう大丈夫だ」
 少しだけ力を込めて抱きしめてやると、安心したのか、卯月が泣き出した。
 しかたがないので、そのまま添い寝してやった。
 ぐすぐす泣き続ける卯月は、やがて眠った。
 そしてウヅキがうとうとし始めた頃、朝になった。


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