万の物語/十二万ヒット目/十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


 少女大量誘拐事件から、二週間が経つ。
 丘の上の小さな家からは、穏やかな海が見渡せた。
 海を臨む大きな窓は潮風の入口で、白いレースのカーテンが波のように揺れる。
 明るく、風通しがよく、清々とした、新しい家族の家。
「ねえミマ! 卯月ちゃんって今日遊びに来るのよね?」
 朝から元気のいい母の言葉に、朝食をとっていた娘はうなずいた。
「そうよ」
「最近のあの子、ちょっとふっくらしてきたんじゃないの?」
 ミマの隣の椅子にすたんと腰を下ろすと、母は流し台の方向へ「オーイマサヤ! 俺にもメシ、おっと違う、私にもごはん下さいなー!」と声を投げた。
 母の威勢をものともせず、娘は返事をする。
「いい傾向でしょ。ホットケーキのおかげなんだよ」
「ホットケーキ?」
「ウヅキ君がね、毎朝作ってくれるんだって」
「おい」
 母が、顔を曇らせた。
「ミマ。『ウヅキ君』じゃないでしょ、年上なのよ?」
 娘は、「あっ、」と、自分の失敗にちょっと顔をしかめて、言い訳をした。
「……そうなんだけど。卯月が、ウヅキさんのことをいつも呼び捨てにしてるから、なんだか気軽になっちゃうの」
 ミマはコーヒーを飲んだ。
「とにかく、ホットケーキなんだって。メイプルシロップとバターがたっぷりの」
 そこに、エプロンをつけたマサヤが、ほわほわと微笑みながら台所からやってきた。
「ミマちゃんは、ホットケーキが食べたいの?」
 サラダをよそった大皿を持ってきて「お母さんもこれ食べてね」と、食卓に置く。
「違う違う。わたしの話じゃなくって。……あ、そうね、」
 それを自分と母の小皿とに取り分けて、ミマは首をかしげた。
「それもいいかも。今日、私が学校帰ってきたら、兄さん、おやつにホットケーキを作って!」
「わあ、いいよ、ミマちゃん」
 マサヤはにこにこ笑って、大きくうなずいた。
 そして左横を見る。
 ずっと、兄にくっついている姉を。
「姉さん、今日のおやつはホットケーキだよ」
「……ん、」
 髪を長く伸ばした長女は、小さくうなずいた。
 他人とは会話ができない。家族とも、一対一の時でしか話せないし笑えない。必ず、妹ミマのお古の服を着る。弟マサヤの左腕を離そうとしない。
 それが、今の長女サヨだった。
 母も、マサヤも、ミマも、そんなサヨを黙って見守り、そっと支えている。
 それが、今の家族だった。


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