万の物語/十二万ヒット目/十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


31

 生活安全部長が懲罰執行部の職員にからんでいるのと同じ時刻。
 卯月は機動部に居た。
 朝、歓楽街で妙な男と話して、そこから帰る途中で、風俗の勧誘をする男達に声を掛けられた。そこに通りかかった生活安全部の職員に助けられ、機動部に引き渡された。
「ま、あれだ。歓楽街の、えー、酒場だの風俗店だの、そーいった場所ってのは、朝でも昼でもあぶねえってことだ。優しそうなオッサンとか、親しみやすいニイチャンでも、本当はそうじゃねえってコトなんだよ。ヤサシイのもシタシミヤスイのも、営業用なんだよ、タテマエなんだよ」
 機動部アリムラが自席にて弁当を食べつつ、しみじみと少女に説諭している。彼はウヅキよりも少し年上で、ウヅキの二まわりは大きくて、ごつい。
「だから、もう独りであんなトコに近づくんじゃねえ。わかったか卯月ィ」
 一方、その隣に座らされた卯月は、生活安全部長へ貢物である手作り弁当と菓子をもらっており、それをもそもそ食べている。
「おんなじこと何度も言うなよ。わかったってば」
 卯月はうんざりしていた。機動部に連れて来られてから、アリムラに預けられて、同じことを今で四度聞いた。それぞれの間には、どうでもいい世間話が挟まっている。
 少女は足をぶらぶら揺らしながらたずねる。
「なー、アリムラぁ。もう帰っていいか? ミマ達が見舞いに来るかもしれないんだ。そのとき家に居なかったらめっちゃくちゃ怒られる」
 アリムラはそっぽをむいた。
「お嬢さん方の学校終わるの16時ごろつってただろー? 今はまだ昼時だから、時間はすげえある」
「ええー。もう帰っていいだろー? 俺、今日は何も悪いことしてないだろ? あと、ここの部長に会いたくないし。帰してくれよォ」
 回転椅子に座っている卯月がむずがって身を揺する。
 アリムラは大きな体を丸めて、丁寧に巻かれた卵焼きを大切そうに食べながら「いやいや」と首を振った。
「うちの部長なら、最近ほとんどここには居ねーよ。朝にちょっと顔見せに来るだけ。それ以外はずっと居ねえ。だからここにいろ、卯月」
「やだよ。帰っていいだろ?」
「なんだよ卯月帰るなよ。おまえが帰ったら、ここでたった独りで留守番してる俺が、一人ぼっちで昼飯食べることになんだよ」
 今度はアリムラがむずがって巨体を揺すった。卯月と違って体格があるので、椅子が苦しそうに軋み音を「グギギ」と出す。
「アリムラの椅子、すげえ可哀想」
「知らねえよ。椅子に人権なんかねえ。それより、俺一人ぼっちは寂しすぎるだろ。せめて誰かが帰ってくる14時まで居ろよ。な? そしたら送っていくから」
 卯月は顔をしかめた。口に入ったメシは美味いのだが、耳に入った話が不味い。
「お前……。なんで大人なのに一人寂しがってんだよ。ガキか?」
「ガキて」
 アリムラは、余裕をもってお茶をすすると、渋めに笑った。
「フハハ。馬鹿だな、お前。男ってのは孤独だと病気になるんだよ、寂しいと死んじゃうんだよ」
「んなわけねえだろ。少なくともウヅキなんか独り大好きだぞ?」
「当たり前だろ。ウヅキは変わり者だもん。だから三階の懲罰執行部なんだぜ?」
「あ、なるほど!」
「よーし。わかったらここに居るよな?」
「仕方ねえな。一緒にいてやるよアリムラ。だけど14時までだからな」


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