万の物語/十二万ヒット目/十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


32

 生活安全部長は再び自部に戻ると、下僕達を集め、今後の捜査方法について話し合った。
「昨夜捕まえたオヤジも、結局は窓口役しかしてませんでした」
「やはり、囮を使っての潜入捜査も考えなくてはいけませんかね」
 部下たちの言葉に、上司はうなずいた。
「そうねぇ。じゃ、アタシがまたオトリになっちゃう!」
「駄目です! 姐さんには無理です。なぜなら姐さんは美しすぎるからです。輝かしすぎるからです。とても不幸な女性には見えません。独り寂しい女性には見えませんッ。ですから無理なんですッ!」
 下僕の一人の熱弁に、他の者も皆同調して「そうです!」と大きく力強くうなずいた。
 だから上司は弱った。
「じゃあ、誰がオトリになるのん? 公安のオンナって、アタシだけよん?」
 筋肉男たちが一斉に胸をはった。
「俺たちがやります! 女装して!」
「……」
 部長が珍しく素の表情になった。
「一部マニアの方には、たまらないでしょうケド」
「大丈夫です! 後姿で勝負しますから!」
「脚線美で勝負っすよ。自信があるんですッ!」
「あはん、……そぉう?」
 やはり少し不安を感じている生活安全部長は、ふと、二週間前の事件のことを思い出した。
「そういえば……。あの時は、懲罰執行部から協力要請があったんだわ」
 艶かしい口元に、いやらしい笑みが浮かんだ。
「お互いサマよネェ。人手は、多いほうがイイもの」

 午後3時。懲罰執行部。
 ウヅキは一枚の文書を手にして顔をしかめていた。
「何ですかこれは」
「生活安全部からの協力要請文書だろ。どっから見ても」
 同じように顔をしかめる上司が、いまいましそうに言った。
「当然俺は行けない。お前が行くんだ」
 ウヅキは首を振った。
「こんなふざけたことできません」
「じゃあクビ」
「……」
 ウヅキがますます顔をしかめて上司を見返すと、彼は真面目な顔になっていた。
「命令が聞けないんなら、クビ」
「部長。これは業務ではなく悪ふざけだと思います。無視すべきです」
 ところが、上司は首を横に降った。
「他部が出した正式な要請文だ。それをどうこうできる権限は、お前のようなヒラ職員にはない」
「あなたなら抗議できるでしょう? 懲罰執行部長でらっしゃるんですから。生活安全部長に抗議してきてください」
 あほか、と、上司は鼻を鳴らした。
「他部が決定した捜査方針をどうこうできる権限はねえよ。なんかの法令に抵触するっていうんならできるけどな」
 ウヅキから文書を引ったくり、ひらひらと揺らして、子供部長は片頬で嗤った。
「『女性の衣服とかつらを着用するなどして、素性を隠した上で現場の捜査を行う』これは、法律上全く何の問題もない」
「馬鹿げています」
 部下はひどく困惑した。
 セイシェルはにやにや嗤う。
「真面目だぜェ? さっき生活安全部行って来たけど、職員皆殺気だってた。嘘だと思うんなら見て来い。圧倒的真剣さだ。いつのまにか、女装道という名の、極めるべき何かができてるくらいだ」
 男の子は表情を厳しいものに改めた。
「あえて言おう。不真面目なのは、ウヅキお前だ。馬鹿げていると思うのも、ふざけていると思うのも、それは、ひとえにお前が捜査の手法について狭小で浅薄な知識しか持っていないからだ。また、事件を解決するための意気込みが足りない、意識が低い、熱意が無いからだ」
「……」
 本気で言っているのかどうか、上司の本心がわからず、ウヅキは黙って様子を伺った。
「嘘だと思うのなら是非見てくるべきだ。ウヅキ」

 果たして。
 懲罰執行部の一階上にある生活安全部の扉を開けて、ウヅキ青年が見たものは。
「歩き方が違ァうッ! そんな大またで歩くオネエチャンはいねェんだよ!」
 体術の道場のように、熱く厳しい訓練風景だった。しかもすでに女装をしている。全員が全員とも、長い髪のかつらを着用して、マフラーやスカーフで顔を隠し気味にしている。
「こうかッ!?」
 「指導係」と腕章を着けた同僚から厳しい叱責を受けた職員は、同じくらい熱い声で返事をして、歩幅を50センチくらいに短くする。
「そして、顔をもっと、もっとだ、うつむけろッ! ごっつい面ぁ、できるだけ隠せッ!カツラとマフラーを最大限利用しろ! それに……ッ、わかってんだろ?! 俺たち男ってのは、恥らう女子が好きなんだよ! オイ、そこォ、外股になってるッ! 内股は死守だッ!」
 指導係の職員が、つかつかつかと対象職員に近寄ると、ばしい、と、尻を叩いた。
「畜生ッ、俺、絶対オンナになるぜ! 姐さんの為に!」
 悔しさに顔を真っ赤にして、ケツを叩かれた男は、愛らしい内股歩きの特訓を開始する。
 ウヅキは言葉をなくした。
 上司が言ったとおり、……ふざけてなんかいなかった。恐怖を感じるくらいに真剣だった。異常なほどに、だ。
 全員女装している。
 長い髪のかつらをかぶり、できるだけ体形を隠す女物の衣服を着て、しかし裾丈は短く、首元はマフラーやスカーフで覆い、……できる限りではあるが、男の気配を消して。
 女のふりを、いや、女になるべく、お互いにお互いを叱咤している。
「……」
 扉を少し開けたところで、その決して美しくない戦慄の光景に凍りついていたウヅキ青年の背後に、艶かしい影が立った。
「ウッヅキくぅーん、いらーッしゃァーい」
 優美な白い手が、懲罰執行部の青年を羽交い絞めにする。大きな胸が、ウヅキの背中にぶいぶい当たる。
「ッ!? 生活安全部長、止めてください、」
 驚いて振り返ると、生活安全部長が女王の笑顔を浮かべていた。
「アタシの協力要請を受けたからには、ウヅキ君の上司は、ア・タ・シ。アナタはもうアタシの下僕なの。止めろとかそういうコト、言っちゃダメなのよ? ホホホホ」
「……」
 嫌な展開になった……。
 ウヅキの耳元でけたけた嗤った新上司は、ハイヒールを履いた脚で扉をバァンと蹴って、半開きを全開にした。
「アンタタチィ!」
「姐さんッ!」
 女装道に励んでいた下僕達は、女王の声に一斉に扉を見ると、その場で土下座した。
「お帰りなさいまし!」
「ただいまァー!」
 セイシェルは、外見とは無関係の馬鹿がつく腕力で、ウヅキを羽交い絞めのまま悠々と引きずって、部屋の一番奥の自席にたどりついた。
 土下座して迎える下僕達は、愛する上司が密着しているウヅキを睨み上げて「姐さんに抱きつかれやがッて。ふざけんなクソウヅキ」だの「畜生うらやましすぎる。無事で済むと思うなよウンコウヅキ」だの言いながら歯軋りしている。
「アンタタチ、アタシに注目ー!」
 ウヅキの左隣に立ったセイシェルは、下僕達に対し高らかに言い放った。
「公安一ガタイの細ォいウヅキくぅんを連れてきたわよォ! ウウン、これでも世間的にはガタイはゴッツイ方なんだけど、セイシェル、今は贅沢言わないわ。もちろん、懲罰執行部長はココロヨク了承してくれたわ。さあ、アンタタチ、」
「ハイ! 姐さんッ!」
 下僕達は一斉に顔を上げる。
「アタシの為に、ううん、苦しんでいる被害者サン達の為にッ! よってたかってウヅキクンのこと、オンナにしてヤッて!」
「ぅわかりましたァ!」
 ぎょっとしたウヅキが新上司を見る。
「部長、」
 セイシェルは、にこにこと下僕に微笑を与えつつ、ウヅキにつぶやいた。
「『女性大量行方不明事件』。ここ一週間くらい、歓楽街で女性たちの行方不明が山盛りなの。頑張って張り込んでるのに、イツ居なくなるのか、ドコに連れて行かれるのか、わっかんないのよねぇ」
 艶のある青い瞳がウヅキを見上げた。
「行方不明になったのは、独りで飲んでた女性とか、酒場でコイビトと喧嘩別れしちゃった女性なの。行方を突き止めて、救出しなければね?」
「……わかりました、」
「来ォい、ウヅキィ!」
 ずんずん歩いてきた下僕のひとりが、ひょっとウヅキを横抱きにした。ウヅキの二倍くらいはある太い腕が、軽々と連れて行く。
「!」
 為すすべも無い。
「いよッしゃァア! ウヅキが加わった! お前らーッ、気合入れて女やんぞォオ!」
「オオオ!」
 女装の道を極めるべく、生活安全部の男達は、熱い稽古を再開する。


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