万の物語/十二万ヒット目/十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


33

 午後4時。
「卯月ー!」
 制服のミマがウヅキの家を訪れた。大きな紙袋を持っている。
「お見舞いに来たわよ! 開けてー」
「おお。ミマいらっしゃい」
 のこのこと扉を開けて出迎えた卯月は、ミマの荷物を見て目を丸くした。
「なんだそれ?」
「その前に上がらせて。けっこう重いの、これ」
「あー。じゃあ、俺持つ」
「なに言ってるの? その手で。駄目です」
 ミマはつかつかと中に入って紙袋を床に下ろし、「はぁっ、」と息をついた。
「これ、お見舞いなの!」
「……」
 紙袋の中を覗き込む卯月に、ミマはちょっと苦笑した。
「ていうか、もらってくれない? あのね、私のお古、服なの。あと、買ったけど一度も着なかった下着も少しあったから、」
「わあ、服かぁ」
 さっそく中身をひっぱり出そうとわくわくする卯月に、見舞い客は慌てた。
「待って! この玄関先で開けるのは止して。部屋、卯月の部屋に行こう」

 卯月の部屋にて、ミマは紙袋の中身を、寝台の上に広げた。
 ワンピースや、スカート、シャツ、そのほか色々な服が入っていた。フリルやレースがあしらわれたものや、色合いが優しい、可愛らしいものが多かった。
「ほんとに……こんなにもらっていいのか?」
 驚いて、衣服とミマとを交互に見る卯月に、客はうなずいた。
「うん。私が3年くらい前に着てたものなんだけどね。背が伸びたりして、もう入らないし。それに、ちょっと服の感じを変えようと思ってるし」
「感じ?」
「そうよ」
 ミマは、衣服にあしらわれたレースをひょいとつついた。
「私の着てきた服ってね、こんなふうに、おしとやかで可愛いのばかりだったの」
「うん」
 ミマはさっぱりと笑った。
「でも。あたし、ほんとは、こういうのよりも、元気なのが好きなの」
 卯月はその明るい笑顔を見て「ミマの家みたいだ」と思った。清々している。
「髪もね、前は長く伸ばしてたけど、本当は、短くってしゃきしゃきした感じのがすき。今は肩のとこまで切ったけど、これからもっと短くする予定なんだ」
 どうして好きではない格好をしていたのか? とは、卯月は聞かなかった。理由がわかっているから。彼女の父親だ。
 卯月はにやりと笑って、包帯まみれの両手で、一枚の薄蒼いワンピースを取り上げた。裾が繊細なレースで飾られたものだった。
 蒼。ミマの父が執着した色。
「きれえだなー。こんなん着たことねえよ?」
 知っていても、なお、さっぱりと笑ってくれる少女を、女子学生はまぶしそうに見つめた。
「そうやって平気で褒めてくれるから、私、気持ちが軽くなるんだ」

 ミマが帰ったのは午後5時前だった。
 卯月は、もらった服を丁寧にたたんで、大事にたんすにしまった。
 もうしばらくしたら、ウヅキが帰ってくる。
 卯月は、包帯まみれのこぶしをぐっと握った。
 今日はミマの母ちゃんに教えてもらったとおりに、風呂に入る。せっけんを使ってゴシゴシ洗う。痛ぇけど。
「よし!」


←戻る次へ→

万の物語 作品紹介へ inserted by FC2 system