万の物語/十二万ヒット目/十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


36

 20時になった。
 公安庁舎4階、生活安全部には、「女」達が集結していた。
 比較的「細い」職員達が数名女装して、ごつい者たちは「恋人役」をすることとなった。恋人同士で酒場に入り、別れ話をした後に、男は「女」を独り置いて帰るという設定である。
 彼らは一様に長髪のかつらをつけて、首元をスカーフまたはマフラーで隠し、長いスカートを着用して、ふんわりとした上着を身にまとい、「女」になっていた。
「お。ウヅキちゃん。似合うねえ」
 苦虫をかみつぶしている懲罰執行部の「女」に、生活安全部の男共が声を掛ける。
 肘の辺りまでの長さの黒髪直毛のかつら、黒のシックなワンピース、そして銀の靴。ウヅキは、そんな格好を「させられていた」。
 他の「女」たちが、そんなウヅキを取り囲む。そしてニヤニヤ嗤った。
「よォくお似合いだよ。ま、俺たちの中では、だがな」
「それはどうも」
 やけになってそう応じると、周りが色めきたった。
「おッ。ノリノリだねェ。いいよォウヅキチャン」
 一瞬にして、ウヅキの顔がこわばった。
「別に前向きな気分じゃないです」
 それに対して、いつもなら「んだよクソウヅキ、反論すんな」と威圧するはずの彼らは、怒りもせずに言う。
「オイオイー。ウヅキチャンたら後ろ向きかよ」
「仕方ねえなもう、ウヅキチャンはー」
「女装すると、いつものウヅキチャンの生意気な口調さえも、許せそうな気がしてくるぜ」
「これからもずっと女装すべき。ウヅキチャン」
 懲罰執行部の職員は、一層顔をしかめた。
「嫌です」
「ハァーイ! アンタタチ、準備整ったワねェ?」
 そこに、部長が入ってきた。
「姐さんッ!」
 ウヅキを除く下僕達全員が、土下座して迎えた。
 セイシェルは、土下座衆の向こうに、むしろ敵対するように立つウヅキを見ると、にこりと笑った。
「ウフ。ウヅキチャン、可愛い」
「嬉しくありません」
「あはん」
 部長は金の髪をかきあげる。
「そんな格好でイツモのしゃべり方、ぞくぞくしちゃう。今夜はお手伝いよろしくね。ちゃんとお礼するから」
「要りません。これは仕事です」
「うふん。じゃ、アンタタチ、イクわよ! ワタシに、アンタタチの『オ・ン・ナ』見せて頂戴!」
 土下座職員たちが一斉に返事をする。
「承知しましたァッ!」

 歓楽街を行きかう人は、ほとんど酔っていた。そうでないのは、介抱役か、ここで働く者か、おとり捜査の公安職員か、いずれかだった。
 大の男を二三人は軽々と抱えられそうな剛健な体格の男の太腕に、これまた体格のいい長髪の女がうつむいて腕を絡ませてしなだれかかって歩いていく。
 まあ一応は男女に見える。素性を知らなければ、まあ違和感はない。
 部長は「うふん」と笑った。彼女は一番にぎわう通りから少し離れた暗い路地に、数人の部下を従えて、様子を見ていた。
「どうなるコトかと思ったケド。なかなかだわ」
 隣に立つ職員の頭を撫でる。
「アンタタチ、今のところいい感じよ?」
 撫でられた上に甘い声でささやかれて、下僕は表情をとろけさせた。
「ありがとうございます、姐さぁん……」
 感激のあまり、膝が笑って立つことがままならなくなった。
 足元に崩れた部下を侍らせつつ、セイシェルは街を見つめて、女王のように笑った。
「ダレか一人でも、かどわかされたら、こっちの勝ち」

 公園とは逆方向側の歓楽街の外れにある暗い路地。扉を背にして座るひょろりとした男が、見回りに来た仲間に声を掛けた。
「あの人を連れてきて欲しいんだ」
「あ? あれをか? そんなん『書かれて』ねえのに? それに……。お前、女の趣味悪くねぇか?」
「いいんだ。とにかくあの人だ。できるはずだ。あの人なら連れて来られるはずなんだ」
「まあ、お前がやれるって言うんならできるんだろうけどな。でも俺に言わせればもっと小さくて細いなよなよした女の方が……てか、今夜はなんかむさ苦しいツガイが多くね?」
「頼むよ」
「はいはいわかったよ」


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