万の物語/十二万ヒット目/十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


 北の街は今日も雨。雲の表情は日によって違うけれど、毎日、雨は当たり前だった。
 今日のそれは、白く薄い曇り空から降っている。
「珍しく晴れるかな? ……と、」
 朝から台所に立つウヅキは、少し窓外の明るさに目をやってから、フライパンを翻す。
 出来具合に首をひねった。
「やっぱりうまくできないな……」
 すでに食卓についている卯月は首を傾ける。
「うまいからいいんじゃね?」
 フライパンを持ってやってきたウヅキは、すでに食べている彼女を見下ろすと、「味じゃない。厚さが問題なんだ」と言った。
「こんな薄いのじゃなく、もっと厚いのができないかと思って研究してるんだが、」
 聞いた卯月は、また首を傾けた。
「お前、こだわりすぎだぜ。俺はなんでもいいけどね。うめえから」
「待て。『俺』じゃないだろ卯月」
「ああ、アタシ」
 ウヅキは、「なおらないものだな」と息をついて、卯月の皿に追加のホットケーキをのせ、バターとメイプルシロップをかけた。彼女が「わー」と喜ぶのを聞きながら席に着く。
 ホットケーキとヨーグルトと野菜スープとお茶。これが、彼女が家に来てから二週間というもの、ずっと変わらない朝食だった。
 そして、とうとう、作る側のウヅキが言い出した。
「そろそろ飽きないか?」
「ちっとも」
 ぱくぱく食いつきながら、少女はけろりと否定した。
「俺、食えたら何でもいいし。これうめえし。ウヅキは飽きたのか? もうやめんのか? それならそれでいいぞ別に」
「『俺』じゃないだろ。私は厚く焼けるまで続けたい」
「あーアタシ。じゃ、いいじゃん」
「まだおかわりいるか?」
「いらね。もうお腹いっぱい。ごちそーさま」
 卯月が立ち上がり、食器を流し台に持っていった。「絶対に洗うな、割られたら困る」と言われているので、決してそれ以上はしない。
「公園に行かなきゃ。ミマたちのとこ」
 すたすたと歩いて、台所を出ようとする。頭の後ろで一つにくくられた茶色の髪が、ひらりと揺れた。もう背中まで届いている。
 伸びたな、と、家主は思った。後姿だけなら、女の子に見える。
 私も他人のことは言えない、そろそろ散髪に行かなければ、と思いながら、ウヅキは別のことを聞いた。
「そういえば、『蒼いつぼみの会』、名前が変わったんだってな?」
 振り返った卯月は、おう、とうなずいた。
「昨日からな。新しいのは、」
 しかし、いい調子だった言葉は、そこで、はたと途切れた。
「新しいのは、えっと……なんだったっけ?」


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