「姐さん、オトリ作戦成功ですッ!」
歓楽街の路地裏の暗闇に戻ってきた上司を、部下が喜び勇んで迎えた。
「成功……?」
「ウヅキチャンっすよ。一服盛られて拉致されました。尾行完璧ッス」
「え?」
嬉しい知らせにもかかわらず、上司は首をかしげた。
「拉致られたァ? いつ?」
「今です!」
セイシェルは、「アタシと入れ替わりだったのネ」とつぶやいて、一人で納得したようにうなずいた。
そうした上で喜んだ。
「いやーん、おめでたいわん!」
ぴょんと飛び上がって胸を大きく揺らして喜びを体現すると、手近な部下を引き寄せた。
「アンタタチ、最高よォ!」
「……姐さんが最高ッス……」
胸に顔をうずめる形となった部下が、熱に浮かされたようにそう言うと、喜びのあまり意識を失って地に崩れ落ちた。
そんな部下の襟首を握り、猫の子を運ぶように軽々と逞しい体躯を持ち上げ、部長はあでやかに笑った。
「あはん。おねむにはマダ早いわ? さ、アンタタチ、ウヅキチャンの拉致られ先まで案内して!」
「かしこまりました! 姐さんッ!」
「クソ重ぇえ、」
扉を背にして座る男の元へ、仲間が「女」を運んできた。
真っ黒な髪に真っ黒な衣服の女だった。眠り込んでいて、肩を貸されて連れて来られた。
「ほらよ。……ほんとにこの女でよかったんだよな?」
仲間は男に念押しした。
「もちろんだよ。さあ、その人を僕の隣に置いていってくれ」
言われた通りに、男の隣に黒服の女を座らせた。ぐったりと眠り込んでいる。
男は、「うれしい」とつぶやくと、女のがっしりした肩を抱いた。
仲間は「おい」と扉を指差した。
「中に入れとかなくていいのか? 逃げられたらもったいないだろ」
「逃げるはずがない」
男は笑って首を振った。
「むしろ喜んでくれる。僕とまた会えたことを」
「ならいい」
仲間はすぐに話を切り上げた。どうでもいいのだ。
「見張りはしっかりしろよ。じゃ、俺は持ち場に戻る」
「もちろんさ」
馴れ馴れしく話しかけてきた男に勧められた酒を飲んで、そこから覚えていない。
だから、たぶんうまくいったのだ。
真っ暗な視界。
目を覚まそうという気持ちがない。
真夜中の底の底にいるような感じだ。
……卯月、ちゃんと留守番をできているだろうか?
また、丸くなって縮こまってないといいが。
部長の悪ふざけも大概にしてもらわないと。
「……こうして君をまた二人きりになれるなんて、夢のようだ」
……ん?
「やっぱり僕は君のそばにいる運命なんだな」
なんだこの声は。
「僕は寂しかったよ。ほんの少し離れていただけなのに。死んでしまいたいくらいに」
夢かこれ。真っ暗な中で声だけ聞こえる。
「でも再会できた。奇跡だ。神なんかどうでもいいと思っていたけれど、君との出会いにだけは、神の計らいだと信じてやってもいいくらいだ」
なんだこれ。
「僕を愛し、そして慈しんでくれる君、」
どこから聞こえてくるんだ? 気になるがどうにも目が覚めない。
「君と過ごす日々は蜜のように甘美だ。あんなに愛されたことなんてない。僕は時なんてどうでもよくなる。命の価値なんて忘れてしまう。そう、それは君が僕を愛してくれるからなんだ」
もしかして薬の副作用か何かか? 幻聴というやつか。薬とは恐ろしい。
とにかく、早く目が覚めてほしい。
「僕は早く戻りたい。君と僕の楽園に。僕を連れて行ってくれ、愛しの君よ」
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