万の物語/十二万ヒット目/十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


40

「姐さん、オトリ作戦成功ですッ!」
 歓楽街の路地裏の暗闇に戻ってきた上司を、部下が喜び勇んで迎えた。
「成功……?」
「ウヅキチャンっすよ。一服盛られて拉致されました。尾行完璧ッス」
「え?」
 嬉しい知らせにもかかわらず、上司は首をかしげた。
「拉致られたァ? いつ?」
「今です!」
 セイシェルは、「アタシと入れ替わりだったのネ」とつぶやいて、一人で納得したようにうなずいた。
 そうした上で喜んだ。
「いやーん、おめでたいわん!」
 ぴょんと飛び上がって胸を大きく揺らして喜びを体現すると、手近な部下を引き寄せた。
「アンタタチ、最高よォ!」
「……姐さんが最高ッス……」
 胸に顔をうずめる形となった部下が、熱に浮かされたようにそう言うと、喜びのあまり意識を失って地に崩れ落ちた。
 そんな部下の襟首を握り、猫の子を運ぶように軽々と逞しい体躯を持ち上げ、部長はあでやかに笑った。
「あはん。おねむにはマダ早いわ? さ、アンタタチ、ウヅキチャンの拉致られ先まで案内して!」
「かしこまりました! 姐さんッ!」

「クソ重ぇえ、」
 扉を背にして座る男の元へ、仲間が「女」を運んできた。
 真っ黒な髪に真っ黒な衣服の女だった。眠り込んでいて、肩を貸されて連れて来られた。
「ほらよ。……ほんとにこの女でよかったんだよな?」
 仲間は男に念押しした。
「もちろんだよ。さあ、その人を僕の隣に置いていってくれ」
 言われた通りに、男の隣に黒服の女を座らせた。ぐったりと眠り込んでいる。
 男は、「うれしい」とつぶやくと、女のがっしりした肩を抱いた。
 仲間は「おい」と扉を指差した。
「中に入れとかなくていいのか? 逃げられたらもったいないだろ」
「逃げるはずがない」
 男は笑って首を振った。
「むしろ喜んでくれる。僕とまた会えたことを」
「ならいい」
 仲間はすぐに話を切り上げた。どうでもいいのだ。
「見張りはしっかりしろよ。じゃ、俺は持ち場に戻る」
「もちろんさ」

 馴れ馴れしく話しかけてきた男に勧められた酒を飲んで、そこから覚えていない。
 だから、たぶんうまくいったのだ。
 真っ暗な視界。
 目を覚まそうという気持ちがない。
 真夜中の底の底にいるような感じだ。
 ……卯月、ちゃんと留守番をできているだろうか?
 また、丸くなって縮こまってないといいが。
 部長の悪ふざけも大概にしてもらわないと。
「……こうして君をまた二人きりになれるなんて、夢のようだ」
 ……ん?
「やっぱり僕は君のそばにいる運命なんだな」
 なんだこの声は。
「僕は寂しかったよ。ほんの少し離れていただけなのに。死んでしまいたいくらいに」
 夢かこれ。真っ暗な中で声だけ聞こえる。
「でも再会できた。奇跡だ。神なんかどうでもいいと思っていたけれど、君との出会いにだけは、神の計らいだと信じてやってもいいくらいだ」
 なんだこれ。
「僕を愛し、そして慈しんでくれる君、」
 どこから聞こえてくるんだ? 気になるがどうにも目が覚めない。
「君と過ごす日々は蜜のように甘美だ。あんなに愛されたことなんてない。僕は時なんてどうでもよくなる。命の価値なんて忘れてしまう。そう、それは君が僕を愛してくれるからなんだ」
 もしかして薬の副作用か何かか? 幻聴というやつか。薬とは恐ろしい。
 とにかく、早く目が覚めてほしい。
「僕は早く戻りたい。君と僕の楽園に。僕を連れて行ってくれ、愛しの君よ」


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