万の物語/十二万ヒット目/十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


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「ウギャアアアアアア!」
 けっして愛らしくない卯月の悲鳴と共に、いわおの巨体の機動部長が現れた。
 左手で卯月の両足首を握って宙ぶらりんにさせている。
「こんばんわーあ。生活安全部の皆ちゃーん。機動部長デスよーん」
 吹っ飛ばした扉を足下に、機動部長はドスの聞いた重低音の声にて挨拶をする。
「お疲れ様でございます、機動部長」
「夜分に恐縮です、機動部長」
「遠路はるばるようこそおいでくださいました、機動部長」
 生活安全部の職員らは深々と頭を下げる。いい加減な態度で応じると、自分の体が機動部長からその可哀想な扉のような目に遭わされる恐れがあるのだ。
 機動部長は、「つまんないねェー君達は。礼儀正しいからブッ飛ばせないじゃん。チェッ!」と舌打ちしてから、ウヅキを見下ろした。
「おう。ウヅキ」
 片頬で嗤う。それだけで生活安全部の職員が「ひぇぇ」と縮み上がるぐらいの迫力があった。
「……こんばんは機動部長」
 仏頂面で、青年は頭を下げる。
「ねえ。ウヅキ君。コレ、返して欲しい?」
 豪腕剛毛の部長は、ひょーいと左手を上げた。ガタガタに震えるこれから絞められる鳥のような卯月が「ひゃあああ」と言いながらぶら下げられている。
 ウヅキは不快そうに目を細めた。
「『返して欲しい?』ではないでしょう。卯月を離してください」
「んだその口の利き方ァ。それがヒラ職員がしていいコトか?」
 ドスの利いた部長の声にも、青年はひるまなかった。
「そちらこそ、公務に携わる人間がしていいことではないですよね」
「君は大局を見てないねぇ。ウヅキクン」
「あいにくと平職員ですから。うちの卯月を返してください」
「誰の卯月、だって?」
「うちで居候させている卯月、です」
「……」
 機動部長が口をへの字に曲げた。そして「あーあコレだよ」とこぼした。
「ふるわねェよなァ。ウヅキクンはァ。木のような石のような男の子だねえ」
「あなた方が何を企んでいるのかは知りませんが。卯月は居候で冒険仲間で、私にとってはそれ以外の何者でもありません」
「ああそう。ツマンネ」
 気抜けしたように、機動部長が卯月を地面に下ろした。
「ハイ。卯月チャンばいばい」
 顔面蒼白の卯月はへたり込んだまま立つ力もない。
「卯月、」
 ウヅキは膝を着いて声を掛けた。
「うう……」
 ふらふらと顔を上げて、卯月は「ウヅキぃ」と泣き声で返した。
「お前。なんでこんな所に入ってたんだよ? 家で留守番してろって言ってただろ」
 少女は家主の言葉に肩を落として、腕でごしごしと顔を拭き、涙をこすった。
「一人怖かったからベッドで丸まってたら、ネエチャンが誘いにきてくれて……まんまとダマされた」
「部長が?」
 ウヅキは、言葉を失った。
 卯月は「しくじったんだ」とつぶやいて苦笑した。
「バカだよなあ俺……じゃなくてアタシ。弱ってる時に掛けられるうまい話なんて、嘘に決まってんのに。勘が鈍っちゃった」
 うく、と、嗚咽が漏れて、ぱたぱたぱたと涙がこぼれ落ちる。
「ネエチャンが『たのしい場所に連れてってあげる』て言うの、うっかり信じた」
「……部長に、連れて来られたのか……」
 凍りついたウヅキの確認に、卯月は、ぐす、と鼻をすすって苦笑し、「バッカだよなあアタシ」とつぶやいた。小さな体がもっと小さくなっていた。
「バカじゃない」
 思わず卯月を引き寄せた。見た目どおり、少女は小さくて扱うのが簡単だった。セイシェル部長の言うとおりだ。卯月をどうこうするのなんて、わけもないことだ。
 生活安全部の職員たちが好奇の目を向けるが、気にしない。
 こんなに震えてるのをそのままにはしておけない。
「卯月はバカじゃない。悪いのは、私が楽天的過ぎたのと、」
 懲罰執行部の青年の鋭利な視線が、剛健なる部長に突き刺さった。
「機動部長、」
 セイシェルはふざけた視線でかわす。
「えー? なに? なんだようウヅキクン。なんか怒ってなーい?」
「生活安全部長と代わってください」
「なに言ってんのかわかんねーな俺には」
 鼻をほじってとぼける部長に、ウヅキは低く静かな声で言った。
「代わればおわかりになります。代わってください」
「……ハイ」
 気圧された。
 上司威圧するとか何様だよウヅキ、などと、ブツブツ言いながら、機動部長はいったん部屋に入っていった。


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