万の物語/十二万ヒット目/十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


44

「あ……あ、」

 倒れた扉の下から、うめき声が聞こえてきた。
「あ! やッべ。下敷きになってたの忘れてたぜ」
 生活安全部の職員達が、あわてて、扉を起こす。
 男が横たわっていた。
「おい、大丈夫か?」
 大丈夫ではないとわかってはいるが、とりあえずそう確認した。
 答えはなかった。
 男の視線と意識は、ウヅキに注がれていた。
 その様子を見ていた公安の職員たちは、不自然に感じた。
 扉につぶされ、さらにその上には機動部長の巨体が載っていたというのに、男は傷一つない。つぶれてもいない。ただ、弱ってるだけだった。
 男は、卯月を抱きしめているウヅキに手を差し伸べて微笑む。
「僕を連れて帰って欲しい。あなたのそばに。そしてまた僕を愛して欲しいんだ」
 見ず知らずの男にそこまで言われるようなことをした記憶はない。皆無だ。あってはならない。
「……」
 ウヅキは、だから言葉を失う。
 周囲の同僚たちは「熱すぎるぜ」とどよめいた。
 男はうっとりと話し続ける。
「あなたは人だ。人は目が見えにくい。あなたには僕がわからない。でも、僕はよくわかる。もう、僕には時間が無い。扉が破られるなんて、僕には無いことなんだ。だから、あなたと僕のために、僕は僕にとって忌むべき『僕の蔑称』をここで口にすることにしよう。それであなたが僕を理解してくれるのなら、それは苦痛ではなく喜びになるんだ」
「……あの、」
 ウヅキには話がわからない。しかし男は構わない。
「聞いてくれ、僕の蔑称を。そして、僕を細切れにしている呪われた数字を」
「すみません、言っている意味がわからないんですけど」
「それであなたが喜んでくれたら、僕はとても嬉しいよ。どうか喜んで欲しい」
「喜んで欲しいなんて言われても……」
 困り果てた懲罰執行部の青年に、男は「どうか聞いてくれ」と微笑みで返した。
「僕の蔑称は『カンヌキバカ』僕を細切れにした憎い数字は『12頁』」
「えっ……」
 ウヅキが目を見開いた。
 そんな青年の驚き顔に、男は満面の笑みを浮かべた。
「12頁目! あった!」
 懲罰執行部の職員が、声をあげた。
 それが、両者の気持ちが一つになった瞬間だった。
「探してたんだ! なんでこんなところに!?」
 やせた男は、彼の反応に涙を浮かべて微笑む。
「やっぱり……喜んでくれたね」
「こんな姿になっていたとは、思わなくて」
「あなたが喜んでくれたのが、私は嬉しい。よかった。さあ僕を連れて帰っておくれ。僕の信頼するあなた」
「こちらこそ喜んで。私はただ当たり前のことをしてきただけなのに。そこまで思ってくれているとは。……ありがとう」
「!」
 ウヅキから礼を言われて、男は涙した。
「……ああ。ぼくは、しあわせだ」
 男の姿が消失した。
 ひらり、と、白い断片が舞った。
 それは思い焦がれるように宙を舞い、ウヅキの右手に受け止められた。
 文字が書かれた紙片。本の1頁。
「よかった。どこに行ったのか、心配していた」
「なにウヅキチャン、なんの話?」
 急展開についていけない生活安全部の職員達は、とまどうばかりだった。
 ウヅキは、12頁の紙片に目を通した。
「これは……」
 そして顔を曇らせた。
「……懲罰執行部長にも、言うことができた」


←戻る次へ→

万の物語 作品紹介へ inserted by FC2 system