「あ……あ、」
倒れた扉の下から、うめき声が聞こえてきた。
「あ! やッべ。下敷きになってたの忘れてたぜ」
生活安全部の職員達が、あわてて、扉を起こす。
男が横たわっていた。
「おい、大丈夫か?」
大丈夫ではないとわかってはいるが、とりあえずそう確認した。
答えはなかった。
男の視線と意識は、ウヅキに注がれていた。
その様子を見ていた公安の職員たちは、不自然に感じた。
扉につぶされ、さらにその上には機動部長の巨体が載っていたというのに、男は傷一つない。つぶれてもいない。ただ、弱ってるだけだった。
男は、卯月を抱きしめているウヅキに手を差し伸べて微笑む。
「僕を連れて帰って欲しい。あなたのそばに。そしてまた僕を愛して欲しいんだ」
見ず知らずの男にそこまで言われるようなことをした記憶はない。皆無だ。あってはならない。
「……」
ウヅキは、だから言葉を失う。
周囲の同僚たちは「熱すぎるぜ」とどよめいた。
男はうっとりと話し続ける。
「あなたは人だ。人は目が見えにくい。あなたには僕がわからない。でも、僕はよくわかる。もう、僕には時間が無い。扉が破られるなんて、僕には無いことなんだ。だから、あなたと僕のために、僕は僕にとって忌むべき『僕の蔑称』をここで口にすることにしよう。それであなたが僕を理解してくれるのなら、それは苦痛ではなく喜びになるんだ」
「……あの、」
ウヅキには話がわからない。しかし男は構わない。
「聞いてくれ、僕の蔑称を。そして、僕を細切れにしている呪われた数字を」
「すみません、言っている意味がわからないんですけど」
「それであなたが喜んでくれたら、僕はとても嬉しいよ。どうか喜んで欲しい」
「喜んで欲しいなんて言われても……」
困り果てた懲罰執行部の青年に、男は「どうか聞いてくれ」と微笑みで返した。
「僕の蔑称は『カンヌキバカ』僕を細切れにした憎い数字は『12頁』」
「えっ……」
ウヅキが目を見開いた。
そんな青年の驚き顔に、男は満面の笑みを浮かべた。
「12頁目! あった!」
懲罰執行部の職員が、声をあげた。
それが、両者の気持ちが一つになった瞬間だった。
「探してたんだ! なんでこんなところに!?」
やせた男は、彼の反応に涙を浮かべて微笑む。
「やっぱり……喜んでくれたね」
「こんな姿になっていたとは、思わなくて」
「あなたが喜んでくれたのが、私は嬉しい。よかった。さあ僕を連れて帰っておくれ。僕の信頼するあなた」
「こちらこそ喜んで。私はただ当たり前のことをしてきただけなのに。そこまで思ってくれているとは。……ありがとう」
「!」
ウヅキから礼を言われて、男は涙した。
「……ああ。ぼくは、しあわせだ」
男の姿が消失した。
ひらり、と、白い断片が舞った。
それは思い焦がれるように宙を舞い、ウヅキの右手に受け止められた。
文字が書かれた紙片。本の1頁。
「よかった。どこに行ったのか、心配していた」
「なにウヅキチャン、なんの話?」
急展開についていけない生活安全部の職員達は、とまどうばかりだった。
ウヅキは、12頁の紙片に目を通した。
「これは……」
そして顔を曇らせた。
「……懲罰執行部長にも、言うことができた」
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