万の物語/十二万ヒット目/十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


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 道中、歓楽街を抜けるまで、店々で嬉しそうに手荒くガサ入れしている職員達が「おッ幸せにィ!」だとか「明日は遅くってイイからねェ!」だとか、好き勝手な言葉を無責任に放り投げてくる。
 ウヅキはもちろん無視した。
「あ。なぁウヅキ、」
「なんだ?」
「なんで女のかっこしてんの?」
 背中の卯月が一番辛いことを聞いてきた。
 懲罰執行部の青年は息を吐いた。みっつほど数えてから、答える。
「仕事でこうなった」
「変な仕事ぉ」
 素直な声が胸に突き刺さるが、その通りだ。
「まあな。でも、お陰で、探していた本の切れ端が見つかった。その点では……よかったかな」
「ふぅんそっか」
 歓楽街が終わり、公園の横を通る。少女達が朝集まる場所に。
「お前、明日も駄目だぞ。ここに掃除に来るのは」
「わかってるよ。ミマからもすっげぇ厳しく言われたもん。治るまで出入り禁止だって」
 すねた気配に追い討ちを掛けるようにウヅキが言う。
「そりゃそうだろうな。その手じゃ」
「あーあ。つまんないの」
 幾分沈んだ声を聞いて、ウヅキは卯月を少し背負い直した。
「おとなしくしてれば、その分早く治る」
「うん」
 しばらく、無言で歩いた。
 公園が過ぎ、交差点を渡り、灯りの消えた商店街に入る。街灯だけが輝いている。
 背負ってる感じがしない。
「卯月は軽いな」
 つぶやくと、意外にも元気に返事をされた。
「そこいくと、ウヅキはおっきいよな!」
「お前よりはな」
 公安の他の面子よりは小さいが。
「ウヅキ、あのな、」
「なんだ?」
「昨夜、うれしかったんだ。俺、じゃない、アタシ」
「何が?」
「んっとな、」
 しばらく、言葉が無かった。
 ウヅキは促すでもなく、そのまま歩いた。まだ震えているのが伝わってくるので、そっとしておいた。
 商店街が終わり、交差点に出る。信号待ちだった。車は来ないが、職務と性格上、きっちり待つ。
「ゆうべ、ウヅキ、抱っこしてくれたろ?」
 少女の話が再開した。
「……ああ。それが?」
 また言葉が途切れたが、そう間をおかずに卯月は言った。
「すげえほっとしたの。ありがとな」
 信号が変わり、歩き出す。
「そんなの、部長が悪いんだろ。お前、ありがたがるところじゃないぞ。そこは」
「うん、でもな、」
「でも、じゃない」
 あまり、らしくないことは言わないで欲しい。動悸がしてくる。
 できれば、前のように「とるとこなしの卯月」の方が、楽でいいのに。
 何も気にしないで済むから。
 などと思ったら、ウヅキは、ついこんなことを言ってしまった。
「卯月は行儀よくなったな」
「そっか?」
 けっこう失礼なことを言ったのに、卯月はけろっとしていて、別に怒りもしなかった。
「前はとんでもないことばっかりしてたのにな」
「だって怖いもんなかったし。ちょっとはあったけど、でも、逃げ方知ってたから」
 けろりと答えるので、ウヅキも次の言葉がいいやすくなった。
「なるほど。怖いものができたからな。それでか」
 すると背中でぶるっと身震いされた。しまった。
「お前んとこのオッサン部長、怖すぎなんだよ」
「まあな」
「でもな、他にもあるんだぜ?」
「なんだ?」
 もうすぐ家だ。
 卯月はちょっと黙った後に、言った。
「住むとこ、できたから。だから、つっぱらなくても生きてけるようになった」


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