万の物語/十二万ヒット目/十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


49

 翌朝。
 公安庁舎4階、生活安全部は盛り上がっていた。連日の深夜勤務も手伝って、異様な活気だった。
「いやー昨夜は。いやいやいや、ホントに」
「いやーウヅキがやってくれチャッタね」
「ウヅキチャンに男を見たね、俺は。ホント見直したぜ」
「ちょっと男検定難易度高すぎさァ。女装してんのに口説き文句とか! できねー。真似できねー」
「不可能だね。ヅラ被ってスカートはいてハイヒールはいて『私の卯月に手を出さないでクダサイ』て。俺なら恥ずかしくて言えねぇよォ。しかも姐さん相手に……そこんとこは許せんが」
「それに、『男殺し』だったしなァ」
「アレは涙が出たね。震えもきたね。『愛しいあの人』ときたよこれ」
「で、だ」
 生活安全部の面々は一斉に立ち上がった。
 殺気がみなぎっていた。
「さぁて降りるかァ!」

 3階の懲罰執行部。
 ウヅキは昨夜の一枚を、元の本に戻す修復作業をしていた。
 そこに、ヨレヨレと上司が入ってきた。
 始業時間を20分ほど過ぎている。
「おはようございます。セイシェル部長」
 ちらりと上司を見ると、昨日よりもさらに顔色が悪かった。
「……オハヨウじゃねェ……。眠い眠すぎるゥ。お子様には地獄……」
 子供部長はウグウグと唸って、目を擦った。
「では休んだらいかがです?」
「そういう訳にはいかネーの。眠いぃぃい! けど休めねぇえ。今日だけはどうしてもォオ、どうしてもおぉ」
「どうしても、ですか」
 常にない上司の仕事に対する粘り腰に、ウヅキは首を傾げた。
 部長は自分の椅子によじ登ると、しかし、すぐに机に突っ伏した。
「グー」
 あっという間に眠ってしまった。
 それなら仕事を休めばいいのだ。
「何で休めないんだろう?」
 首をかしげながらも、ウヅキは修復の手を止めない。
 やがて、
 12ページ目が、あるべき場所に戻った。
「よし」
 懲罰執行部の青年は微笑んだ。
 これで元通りだ。
 本を一撫でして、慎重に本棚に戻した。
 と、
「おっはよーォございまース!」
 威勢のいい挨拶とともに、上の階の面々がなだれ込んできた。
 生活安全部の面子だ。
「おはようございます」
 ウヅキが挨拶し返すと、職員達はニヤニヤ笑って「ウヅキチャーン、昨夜は激しかったねェ?」だの「俺を狙っちゃダメだよォ? 俺は、一般的な女性が好きな男だから、オトコは嫌いだからね?」だの、言いたい事を言うが、まあ好意的だった。ウヅキに対しては。
「さてとォ」
 職員達の目が、研ぎたての刃物のように輝いた。
 視線は、よだれを垂らして寝こけている懲罰執行部長に向かっている。
「ウヅキチャーン、お前んトコの部長チャン、拉致させてもらうわァ」
「まァ、そのうち返すかも返さないかもわからんが、とにかく連れてくネ!」
 どかどかどか、と、職員集団は小さな部長を目指す。
「……昨日の件ですか?」
 ウヅキが確認する。
「そーそーそ」
「ネー。俺たちが苦労した結果がこれかよ!? って感じだったモノねー!」
 死んだように眠る子供部長を手早く荒縄でぐるぐる巻きにすると、生活安全部の職員達は、それを小脇に抱えて去っていった。
 男の子は起きもせず、まんまと拉致された。
 ウヅキは、引きとめずに黙って見送ると、いつもどおり、本の整理や修復にいそしんだ。


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