万の物語/十二万ヒット目/十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


52

 昼過ぎ。
「いででででで」
 台所で声がするので行ってみると、食台の近くの床に、ボロボロになった男の子が転がっていた。
「……なんで、オマエ居るの?」
 卯月は腰に手を当てて見下ろすと、眉をひそめた。
「どっから入った? ゴキブリみてェだなー」
 全体的にぼろぼろというかバラバラなチビッコが、痛みのせいではなく顔をしかめた。
「オイ。あんま顔のそばに立つな。パンツ見えるぞパンツ」
「見んじゃねーよ変態ガキ」
「うっせ。見せんな。何でスカートはいてんだよ」
「いいだろべつに」
 卯月は遠慮なく足でつついた。
「お前、すっげーズッタズタ。おもしれ」
「ウギャ!」
 コドモが悲鳴を上げた。
「つつくなァァアア! 痛、痛、いってえええ!」
「何でお前こんなんで生きてんの? ってか、物だからそもそも生きてねっか。へへへへへ!」
「嬉しそうにつつくなァアア!」
 セイシェルが喚けば喚くほど、卯月は嬉しそうになった。
「アハハハ、おっもしれー!」
「痛い痛い痛いぃいい! なあところでお前さあ、」
 唐突に、男の子は切り出した。
「なんだよデブ」
「デブっていうな! 卯月てめぇ、お前にもこの脂肪くれてやる! お前もデブるべき!」
「いらねーよ。てか、お前みたいにデブらねーよ」
「クッソナマイキなガキ! ところで卯月、」
「んだよ? うるせーな帰れよもう」
 顔をしかめる少女に、セイシェルが左手を差し出した。
「俺のさァ、仲間になんねーか?」
「はあ?」
 卯月の顔がもっと曇った。
 男の子はひるまなかった。
「仲間になんねーか? って、言ってんだよ」
「デブ仲間になんかなんねーに決まってんだろ」
 少女が鼻で笑うと、子供部長は「あほか!」と憤慨した。
「そっちの仲間じゃねえよ!」
「どっちの仲間だよ?」
「新殻衛兵」
「……」
 卯月は瞬いた。
「なんで?」
 すると誇らしげな回答があった。
「俺みてえになれるからだ! どうだ!?」
「ふん」
 少女は鼻を鳴らして首を振った。
「やだね。全然なりたくない。かっこわりー」
「キー!」
 かんしゃくを起こしたセイシェルが起き上がった。ぼとぼとと「部品」が落ちた。
「かっわいくねー! 俺がせっかく誘ってやってんのにッ!」
 卯月はあっさりと片手で制した。
「や。迷惑だから」
「もー! なんで!?」
「迷惑だから迷惑」
「ええええ。死なねーし年とらねーし! すっげ楽しいぜコレェ?」
 大きな身振りでの主張に、卯月はただ目を細めた。
「嘘つくな」
「……」
 セイシェルが、黙った。
「どう見ても楽しくないだろ、その格好」
 物はうつむいた。
「……」
「それを楽しいってんなら……もっと壊してやろーか?」
 握りこぶしを振り上げた少女に、男の子は「ひゃぁ!」と声をあげた。
「やめてくださいゴメンナサイ、オレ、ウソついてました。実はオレ壊されすぎてもう駄目そうなんで、楽しい冗談いいながら駄目になってイこうかなって思ってました」
 またこぶしが振りあがる。
「おい。それもウソだろ、デブ」
 男の子は縮み上がる。
「すみません。ハイ。嘘です大丈夫です」
「今回だけ許してやっからさっさと帰れ」
「ハイ。すみませんっした」
 よれよれと謝った後、落ちた「部品」をちゃんと拾って、しかし、セイシェルは不服そうに顔をしかめる。
「せっかく誘ってやったのによぉ」
 しかし少女を怒らせるだけだった。
「あぁ? 今謝ったの嘘か。もっとバラしてやろーか?」
 卯月は子供部長の髪をぐいと引っ張った。
「すんませんすんませんすんませんかえりますかえりますかえります」
 一応はひいこら謝って、「ちくしょー卯月のばかぁ」、と泣きながら、セイシェルは消えた。
「……」
 少女は顔をしかめて口を曲げた。
 なぜここにあんな格好で転がっていたのか、どうして卯月を誘ったのか。
「訳わかんねー。アイツ」


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