万の物語/十二万ヒット目/十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


53

 16時前に、学校帰りのミマが来た。
「おーい、卯月! 今日も来たよー」
 玄関から声が聞こえた。卯月はパタパタと走って出迎えに行く。
「おー。ミマ」
「今日は見舞いの品はなしだけどね。どう、おとなしくしてる? ……て、」
 朗らかに話しかけて、視線を頭の先から足の先に動かし、膝小僧の擦り傷のところで「え!? なんでケガ増えてんの?」とぎょっとした。
 卯月は、「まあ上がれよ」と促して、答えた。
「なんかさぁ、ケガっていつの間にか増えてるよなー。わかんねーうちにさー」
「わかんないうちに増える訳ないでしょ」
「や。わかんなかったし。ああ、ミマはお客だからお茶とかを飲むか?」
 学生部長は「駄目よ」と言った。
「お茶は飲むけど、卯月は何もしないで。私が自分で淹れるからどうぞお構いなく」
 そして台所に先頭を切って入り、てきぱきとやかんに水を入れて火に掛け、食台の椅子を引くと「はい座って卯月!」と、住人を手招いた。
「なー。こんなん、アタシが客みたいなんだけど」
 曇り顔で卯月が客に言うと、「もうこれ以上ヤケドとか怪我とかされたらたまんないのよ」と返された。さらに、流しの中に昼食の皿が置かれっぱなしになっているのを見て「そう。これでいいのよ。なにもしないでいいの」と言われた。
 卯月が苦い顔をする。
「……。ミマもさーウヅキもだけどさー、アタシのこと一体なんだと思ってんだ?」
 客はしみじみとうなずく。
「お察しのとおり信用してないわよ。特に台所。卯月は、ここでは食事以外は何もしちゃ駄目。自分に包丁とか突き刺しそうだし、火も点けそうだし。もちろん冗談抜きで言ってるのよ?」
 居候は苦笑した。
「おいおい、アタシそんなバカじゃねーよ」
 ミマは笑えなかった。右の人差し指で、びしりと相手の手をさす。
「実際、『した』でしょ? その両手のヤケド」
 カタカタカタ、と、ヤカンのふたが震えた。火を止めに行き、振り返ったミマは人差し指を卯月に突きつけた。
「卯月は台所向きじゃないの。ウヅキ君が好きでしょ?」
「へ?」
 居候の少女がぽかんとしたので、ミマは首を傾げた。
「ん? どうしたの。ウヅキ君は……あ、ウヅキさんだった。ウヅキさんは台所仕事が好きなんでしょ?」
「あ……ああ!」
 卯月が、目を泳がせた。
「あ、それな! うん。すっげえ好きみたいだぞ」
 ミマは、目を細めた。
「うんん?」
 ミマは再び首を傾げた。
「卯月ぃ。どうしたのー? 今、なんかおかしくなかった? ところでお茶の葉どこ?」
「別におかしくなんかねーって」
 あわあわと答える少女に、ミマは「お茶の葉は?」と再度聞いた。
「ああ、茶の葉か。さー? どこにあるかわかんね」
「じゃあ勝手に探します」
 卯月の頬がちょっと赤くなっているのに気づかない振りをして、ミマは、さっさとめぼしい戸棚を開けて「あったあった」と茶葉の入った缶を取り出し、卯月に「お前何者だよ」と呆れまじりの感心をされつつ、実に鮮やかな手つきで茶を淹れた。
 ことこと、と、いい香りのお茶が二杯、食台にのった。
 あっという間のことだった。
「ふー。人ん家のお茶うまー」
 何の気兼ねもなくにこにこ笑って、良家の令嬢学校の学生会長はごくごくと飲む。それを聞いた野良の少女がけたけた笑う。
「おー。そんなミマがアタシ好きだぜ」
「んー、ありがと」
 満足気な視線が、さて、卯月の手にいった。
「その包帯はさ、そのきっちり巻かれた包帯は、ウヅキ君がしてくれたの?」
 うん、と、少女は両手をぷらぷら振った。
「おおげさだよなぁ」
「そんなことないよ。卯月無謀だもん。ちょうどいい」
「そっかなー」
 自分の両手を広げてじいっと見る少女を、ミマは口元に笑みを浮かべて見つめた。
「そうだよ」


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