万の物語/十二万ヒット目/十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


59

「おはよーございまーす」
 公安庁舎に清楚な服装の女の子が現れた。口調は外見より数段落ちるが、そこそこ丁寧だった。
 一階は機動部の窓口から始まる。
 受付に立ちはだかるのは巨体の男二人。
 少女は庁舎にトコトコ入ってきて、ペコっと会釈した。
「おはよーございます。二階の懲罰執行部のウヅキに用があるんですけど、入っていいですか?」
 ひょいと顔を上げると、少女から見て右側の男が、ガクンと口を開けた。
 驚いているようだ。
「どうかしましたか?」
 少女が眉をひそめると、男はようやく声を出した。
「卯月、か?」
 少女は眉をまたひそめた。
「そーだよ? なんでアリムラはそんなこと一々聞くんだ。あ、そうか。あんまここに来ないからなアタシ。おひさしぶりですアリムラサン」
 アリムラは、酸欠の魚のように口をバクバク開け閉めした後に、返事をした。
「ひさひさ久しぶりなんてもんじゃないだろ。いち一年近く会ってねーだろ。あ、だから久しぶりか。おうひさしぶりひさしぶり」
 挙動不審になるアリムラの隣で、もう一人の男も後を追って驚いた。
「う、卯月? 嘘コレ……本当かよ」
 卯月は「おまえらおかしくねぇか?」顔をしかめてから、「あー、えーと、おひさしぶりですヤマグチサン」と挨拶した。
「……」
「……」
 大の男二人は言葉を失った。
「で、アタシは懲罰執行部に上がってもいいっすか?」
 卯月は再確認し、茫然自失の男どもがなんとかぎこちなくうなずくのをちゃんと待ってから、足取り軽く階段を上がっていった。
 アリムラとヤマグチは、口を半開きにして卯月を見送った。
 そして、どうしていいかわからない表情で、二人顔を見合わせた。
「かかかか、可愛くなっちまってぇええ!」
「なにがあったんだよイチネンのアイダに?」

 少女が階段を上がっていくと、自分の肩をガンガン叩きながら生活安全部の職員が下りてきた。
「お。卯月チャンだ。なんでここにいんの?」
 卯月を見ると軽く笑って声を掛ける。ちゃん付けである。この部の職員とは早朝奉仕でちょくちょく会っているから、驚かれない。
「ウヅキ迎えに来たんだ」
「へー。なんで?」
 こきこきと首を鳴らしながら職員が尋ねると、卯月は嬉しそうに笑った。
「あのな、冒険行くんだ冒険。えへへへへ!」
「へえ。冒険かぁ」
 ふんふんとうなずいた職員は、「そりゃ肩こりが取れてよさそーだな」と付け加え、「気をつけてなー卯月チャン」と手を振って降りて行った。

 階下では、普通に驚きもせずに降りてきた生活安全部の職員に、機動部の男二人がくってかかった。
「楽しそうな会話が聞こえてたぞ! ナニ普通に卯月チャンと話してんだよ!? あんな変わってんのに、……まさか知ってたのか!? なんで機動部だけ除け者にしてんだ!? なぁアリムラもなんか言ってやれ!」
「そうだ。おいコラァ! 情報格差に抗議するぞコラァア! こんな大事なことはきちんと教えてくれよォこルァア! 横の連携だろうがよ! 情報共有! 情報共有ッ!」
 生活安全部職員は、どこか勝ち誇った様子で、「へへん」と笑った。
「何言っちゃってんのォ? うちって、仕事上さぁ、女子のミナサーンを相手にすることが多いからさあ。てか、変なイチャモンつけんのやめろよこの筋肉暴走集団が。情報くらい自分でもぎとれよォ」
「なにをう品行不正集団めが! お前らには姐さん部長がいるじゃねえか! 女の子情報くらい寄越せよバカァ!」
「あー! バカっつったな!? バカって言った方がバカだバーカ!」
「なんだとう!? それならオマエだってバカだろバーカッ!」
 これらの醜い争いは、3階に着いた彼女には聞こえなかった。


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