「ウヅキー」
名を呼びつつ扉を開けると、目的外の物と目が合った。
何故か知らないが、それは床にへたりこんで涙目になっている。鼻水も少々垂らしていた。
「おはよーございますセイシェルぶちょー」
棒読みで挨拶すると、「俺のことなんか……放っといてくれよ」と、くたびれた弱々しいかすれ声が返ってきた。それきり床につっぷして、さめざめと泣いている。
「おいチビ? どーしたんだよ」
眉をひそめる少女に、さっと声が掛けられた。
「卯月」
「あ、ウヅキっ!」
たたた、と、卯月は家主に駆け寄った。
彼は自席から立ち上がって少女へと歩く。
「ねぇ、なんでアイツ泣いてんのさ?」
「いいから行くぞ」
ぽん、と、卯月の頭に右手を乗せると、少し自分の方に引き寄せた。そして、床に転がる上司を見下ろした。
「部長。大丈夫だとは思いますけど、くれぐれも本には」
皆まで言わせずに、部長は勢い良く顔をあげて、涙と鼻水とでぐっちゃぐちゃの返事をした。
「んなもん二度と触るかぁああうわあああん」
うわ汚ね、と、つぶやいて、卯月がニヤニヤ嗤う。
「なぁ、なんで泣くんだよ? おしっこでも漏らしてんのか? オムツくらい自分で換えろよ」
「オムツ!? するかバーーーカッ! えーんえんえん」
顔色を変えて号泣する子供部長に、少女はますます楽しそうになった。
「はいはい。じゃあなー『ウンコ漏らし』」
「漏らしてねぇえ!」
呆れ加減のため息をついて、青年は扉を開ける。
「ほら行くぞ卯月。では部長、失礼します」
「アアン。待ってん」
声色が変わった。
ウヅキは振り返って上司の姿を確認すると、卯月の背を押して、先に部屋の外に出した。
懲罰執行部の職員はため息を漏らした。
「生活安全部長……なにか御用ですか?」
うつぶせに寝転がった、色香だけは無駄にある部長が、ふふふと笑った。頬杖をついて見上げている。豊かな胸が腕と床とに圧迫されてシャツからせりださんばかりである。
「近道教えてアゲるわん。南に行くより、北に行きなさい」
他部の上司の秘めやかな声に、ウヅキは首を傾げた。
「逆方向じゃないですか。罠ですか?」
「ウウン。おせんべつよ」
んふ、と笑い、「だって、早く帰ってキテ欲しいもの」と付け加えた。
「北……ですか」
青年の半信半疑なつぶやきに、艶かしい声が説明を加えた。
「だって、南よりも北の果ての方が近いわ。そのうち主上の館に着く。そうすれば南の果てまでもうすぐ。ここは北の街だから、わざわざ南に行くよりその方がずぅっと早いのん」
自分の主を話に出すくらいだから、嘘ではないのだろう。
「ご助言ありがとうございます」
青年が素直に頭を下げると、セイシェルはひらひらと手を振った。
「あはん。イってらっしゃい。でも早く帰ってキテね?」
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