万の物語/十二万ヒット目/十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


62

 北へと、二人は歩く。港通りは潮と鮮魚と船の油のにおいがした。早朝から始まる競り市は終わっていた。
「ほんッとに北でいいのかー?」
「ああ。部長の言葉を信じることにする」
 貸せ、と言って、青年は女の子の荷物を半分持った。
「ふーん。ウヅキはチビとか姐ちゃんとの付き合いが長いから、ウソとホントの区別もわかるんだな」
「少しだけな」
 少しも嬉しそうではない顔でうなずいた。
「すげーな。アタシも頑張ってもっと付き合ってみよーかな」
 居候が妙に乗り気になったので、家主は渋い顔をする。
「やめとけ。私は仕事だからしぶしぶ付き合っているんだ。関わるんじゃない」
「はーい」
 素直に返事する卯月はこころなしか嬉しそうだ。
「そーだ。ねぇ、ウヅキ」
 最近、卯月はこのように、少し女の子らしい呼びかけをするようになった。「なぁ」ではなく「ねぇ」と。
 青年は少し嬉しい。しかし、不意に言われるとドキリとするから少々困る。
「なんだ?」
「これから、海沿いを歩いてって、そんで、ミマん家の近くも通るよな?」
「ああ」
 やや強い潮風が吹いてきて、二人の髪を揺らしていく。
「オバサンたちに挨拶してから行かないか?」
「是非そうしよう。あのご家族にはお世話になっているし。特にマサヤさんからは料理について丁寧に指導いただいているし」
 あのホットケーキの焼き方の件以降、ウヅキはマサヤに料理を教わることがある。
 優しい料理の先生とのやりとりを思い出し、「ほんとに尊敬する」とつぶやく真面目な青年に、その件では仲間はずれにされている少女がうらやむ。
「いーなー。アタシもマサヤにーちゃんに料理習いたいなぁ」
 ウヅキはきっぱりと首を振る。
「駄目だ。台所は私のものだ」
「ウヅキ達がやってるの見ると、すっげ簡単で面白そうなんだけど」
 わかっていない相手に、青年は顔を曇らせる。
「卯月は駄目だ。あんなに切り傷と火傷をこさえる奴は料理するな」
「ウヅキ間違ってるぞその考え方」
 少女は簡単に否定してのけた。
「体ってもんはなー怪我すればするほど頑丈になっていくもんなんだって。そのうちさ、手の皮もカッチカチに丈夫になって、切っても切れなくなるって」
「……」
 暴論に顔をしかめたウヅキは、卯月の華奢な手をつかんだ。
「わっ」
 おどろいて、少女は青年を見上げる。
 家主は生真面目に彼女の手を見ながら反論した。
「私は卯月みたいな傷なんかこさえたこともないが。卯月みたいに柔らかい手はしてない。だからそれは間違いだ」
「そーれーは、ウヅキが怪我したこと忘れてるからだって。きっとアタシより怪我してるって。絶対」
「したことはない。とにかく駄目だ。お前の料理するところなんか、危なくて見てられない」
 ほら行くぞ、と、話を切り上げて、青年は、そのまま少女の手を握って歩き出す。
 自分の手が、自分よりも大きくてがっしりした手に捕まえられてるのを見て、卯月は恥ずかしそうにちょっと顔を伏せて、嬉しそうに微笑んだ。


←戻る次へ→

万の物語 作品紹介へ inserted by FC2 system