万の物語/十二万ヒット目/十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


64

 岩場から砂浜へと姿を変える海沿いを歩き、やがて道は海岸端から丘へ至る上り坂となった。
「おおーい! ウヅキ君、卯月ちゃーん!」
 背後から声が聞こえた。
 二人は振り向く。
「あ、マサヤだー! マッサヤー!」
 卯月は、長身の影を見つけて飛び跳ねると大きく手を振る。
「マサヤさん、」
 ウヅキは立ち止まって会釈した。
 彼は走ってきた。姉のそばでは、猫背ぎみでずんぐりとした印象だが、人前では背を伸ばして逞しい青年である。それは姉も含めて皆が知っている。ひとえに姉のためにだということも。
「やあ。二人ともこんにちは。お出かけ?」
 にこにこと問いかけるマサヤに、二人はうなずいた。
「うん! あのな、南の高地に冒険に行くんだ!」
「へえ。そりゃすごいや。……ん? 南に?」
 マサヤはきょとんとして、笑みのまま首をかしげた。
「卯月、こら、」
 ぞんざいな口調の卯月をたしなめて、ウヅキが説明を加える。
「かなり南の方にある高地なので、北の都から南へ向かうよりも、却って北の果てを目指した方が近いのだそうです」
「ああ。なるほどね。果て同士は近いそうだからね。そっか」
「ええ。その前に、お宅にお伺いしてご挨拶してから行こうと思いまして」
「そっかー」
 にこにことマサヤはうなずき、「そうだ。ちょうど良かった」と言って、右手の買い物袋を持ち上げた。
 ウヅキが「なんです?」と促した。
「あのね。これから帰っておやつを作るんだけど。買い過ぎちゃったんだ。君たちも一緒に食べて行ってくれると助かるんだけど」
「わー! マサヤのおやつだー! 何作るんだ!?」
 はしゃぐ卯月に、丘の家の青年は「ホットケーキだよ」と微笑んだ。
 それを聞いたウヅキも思わず笑った。
「いいんですか?」
「うん。よかった。張り切って沢山買っちゃったからね」
 三人は歩き出した。
 丘は丈が短い明るい緑色をした草が一面に生えていて、海から吹く風にそよいでいる。
「最近、姉さんはね、」
 潮風に吹かれながら、マサヤが言う。
「自分の食べたいものを言ってくれるんだ」
「そりゃよかったなあ!」
 卯月が率直にさっぱりと喜んだ。
 ウヅキは、彼女のそういう所が好きだった。陰が無く軽々としているところが。
 不要な重さが無いのは、清々していていいと思う。
「えへ。でしょう?」
 だからマサヤも妙にしみじみせずに、ただ嬉しい顔を見せられるのだと思う。
解決できない辛いことだってあるけれども、それを一時忘れて「ただ喜びたい」「ただ笑いたい」、そう思う時もある。そうでないと、やっていられない。
 ウヅキは軽々と笑っている卯月を見つめた。
 こいつはわかってるんだろうな。頭ではなく体で。野良だったからこそ。
 何事も真面目に受け止めてしまう自分には、なかなか自然体ではできないことだ。どうしても、態度に重さや陰をつけてしまう。
 ウヅキは、笑いあう二人を眺めた。今、自分が会話に加わったら「妙な重さ」が漂ってしまう。だから、今は黙って風に吹かれて歩いている。
「なー。ウヅキもホットケーキを作ってみればどうなんだ?」
「は?」
 沈黙をまもっていたのに、卯月が水を向けた。
 彼女の髪の香りと、磯の香りを、風が運ぶ。
 「それはいいね」とマサヤも同調した。
「前に、卯月ちゃんが僕から習って、ウヅキ君に伝えたんだよね。ウヅキ君のホットケーキを食べてみたいな。僕」
「……私のでよければ」
「やった」
 お家では僕しか料理作らないから、これは楽しみだなぁ、とマサヤは心から嬉しそうだ。
 やがて、丘の上の家に着く。

「ただいまー」
「お帰りマサヤー! ちょー待ってた!」
 息子の声に、母は玄関へ走った。子どものように。
 常に無い母の態度に、マサヤは目を丸くする。
「母さん、どうしたの?」
 母は目をキラキラさせていた。
「すっげーいい知らせがあるんだぜー! お、卯月ちゃんにウヅキ君!」
「うん。そこで会ったんだー。二人はね、これから冒険に行くんだって。出かける前に挨拶しにきてくれたんだよ。あと、ウヅキ君が今から僕にホットケーキ作ってくれるって」
「へーそっか」
 そこで、二人がそれぞれに頭をさげる。
「こんちはーおばさん!」
「こんにちは。いつもお世話になっております」
「いらっしゃーい。さあさ、二人とも上がって。どうぞどうぞ」
 マサヤたちの母は二人を招きいれた。と、息子の抱えた大きな買い物袋を見下ろし、「オイオイ。ホットケーキ屋でも開くつもりか?」とあきれた。
「だって嬉しかったから」
 もじもじと照れるマサヤに、母はニヤリと笑う。
「もっと嬉しいことがあるんだよ?」
 そして息子の頑丈な背中をバッシンと叩いた。
「さーておやつだ! 台所行くぞー」


←戻る次へ→

万の物語 作品紹介へ inserted by FC2 system