マサヤとウヅキがホットケーキを作っているのを、母と居候が食台の椅子に腰掛けて見ている。
「こうして、人が食べ物こさえてくれるのを待ってるのは、幸せよねー卯月ちゃん?」
と、マサヤの母が言うと、少女もしみじみとうなずく。
「うん。ありがてーなあ。でも、アタシな、いつか料理をしようと」
「しなくていい!」
よからぬ言葉を聞きつけたウヅキが、フライパンの取っ手を握り締めて振り返って釘を刺した。
「……」
卯月はむうと顔をしかめた。
マサヤの母はケタケタ笑う。
「あっはっはっは。ほらもー、ウヅキ君が怖いから、料理はやめときな?」
少女は不機嫌におばさんを見て、家主の青年の背中を見て、またおばさんを見直した。
「えー。でも、するなって言われるとしたくなるのが人情っつーもんだよな? おばさんも、そう思わねえ?」
「あっはっはっは。思うけどな。でもウヅキちゃん、料理は、料理だけは、ぜんっぜん向いてないもん。おばちゃん、見ててわかるもん」
「えええ」
マサヤの母さんは、卯月に尋ねる。
「今だって、ひょっとして思ってるんじゃないの? 『あのフライパンとか手づかみできるんじゃね?』って」
卯月が喜ぶ。
「なんでわかるんだよ!? おばさんすげえ!」
「それでもって、『ホットケーキとか手でつまんでクリっとひっくり返せるんじゃね?』とか」
卯月がもっと喜ぶ。
「おばさん見る目あるなあ!」
「うんうん。『包丁とか切れるっていうけど、それほどでもないだろ。もっと気軽にチャッチャと扱っていいものなんじゃね?』とか」
卯月がどうしようもなく喜ぶ。
「おばさん神様かよ!?」
「まーね。尊敬しなサイ」
「うん!」
マサヤの母はうそぶくが、それら全て、一年前にここで卯月が言っていた言葉だった。
「やめてよう母さん……」
振り返ったマサヤが涙目で悲痛に訴えた。
「僕にとって、あれは悲しくて怖い思い出なんだよ。お願いだよ卯月ちゃん、もう二度とそんなことしないでね? ね?」
「マサヤ泣くなよ。お前ったらホント繊細」
母がたしなめる。
「マサヤは弱虫だなあー」
卯月が調子に乗る。
「一個や二個の失敗とか悔やんでたら前に進めないぞ?」
マサヤがぶるぶると首を振る。
「そんな。卯月ちゃん、あれは失敗なんてものではないと思うよ」
「おいおいマサヤ、あれっくらいの失敗は失敗じゃないぜ?」
「卯月、」
居候がマサヤに偉そうに馬鹿なことを言うので、ウヅキはできたホットケーキを皿に移すと、つかつかつかと歩み寄ってきた。
「なんだよ?」
「あんまりマサヤさんを困らせるんじゃない。それと、『料理は絶対させない』って何度も言ってるよな?」
「それだけどさー。やっぱり希望は捨てたらいけないと思うんだよアタシは」
ウヅキは聞き分けの無い居候にため息をついた。
「……あのな。あんまり言うこと聞かないと、卯月、」
家主は少女に何事か耳打ちした。
「ええぇぇ……」
それまで調子のよかった卯月が、急にしょげた。
「そこまで言うことかよぉ……わかったよぉ、」
すぐ隣でウヅキと卯月のやりとりを聞いていたマサヤの母は、「ん?」と首を傾げた。
「ごめんなマサヤ。もう言わねーから」
何故か急に態度を変えた卯月に、マサヤはきょとんとして「どうしたの卯月ちゃん?」と逆にとまどう。
ウヅキがマサヤにとりなした。
「いいんですマサヤさん。すみませんご迷惑掛けて」
頭を下げる客に、マサヤは両手と首を振った。
「う、ううん? 僕はいいんだよ」
「ねえ二人とも。ホットケーキはできあがり?」
母が妙なことを聞いてきた。
「うん、母さん。できたよ」
「よぉし。ウヅキ君ちょっと顔貸しな。マサヤ、あんたはサヨを呼んできなさい。卯月ちゃんはサヨが来るのをここで待っててね?」
三人の子どもの母は、なぜだかそのように指示すると、ウヅキを二階の書斎に連れて行った。
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