万の物語/十二万ヒット目/十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


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 自分の書斎に青年を入れると、マサヤの母は、怪訝そうな青年に明るく微笑みかけて緊張を解かせた。
「ごめんねウヅキ君。いきなり引っ張り出しちゃって」
「いいえ。なにかありましたか?」
 ウヅキは、自分がどうしてここに連れて来られたのかわからない。
「うん。ちょっとね。聞こえちゃったものだから。あたしも三児の母やっててね。ウヅキ君も卯月ちゃんも、子どもと同じくらいの年だからどうしてもねえ、気になっちゃうというか、」
 マサヤの母は、いつもの彼女らしくなく、遠慮がちにそう切り出した。
「?」
 青年には、彼女がそうする意味がわからない。だからどんな顔をして彼女の言葉を受ければいいのかもわからない。
 首を傾げる青年に、マサヤの母はニコニコと微笑みかける。
「悪い意味で言うんじゃないのよ? でもほら、若い子のことってどうしても心配になっちゃってね? ねえもうおばさんって嫌ぁねえ」
「?」
 何故か、前置きがとても長い。
「ウヅキ君は真面目だし。堅い職業に就いてるしね。しっかりしてるから、これからのこともちゃんと考えてると思う。そう思ってるのよ」
「あの?」
 一体、この人は何が言いたいのだろう? ここまで聞いても、ウヅキには理解できなかった。
 マサヤの母は、謎の気遣いの言葉を続ける。
「ああ、ごめんね。なんだか長くなっちゃったわね。あなた達はこれから出掛ける予定だものね。じゃあ、ううん、だからこそ言うわね。おばちゃんの言葉って、悪気はなくっても、若い人には印象が違うかもしれない。どうか、悪いふうには取らないでね?」
「はい……?」
「あのね、」
 コホン、と、おばさんは小さくせきばらいした後に言った。
「さっき……『もう一緒に寝ないぞ』って、ウヅキ君が卯月ちゃんに小さく言ってるのが、偶然聞こえたんだけどね。聞き間違いならごめんなさいね? だけどもし仮にその通りだとしたら、まあ口を挟むとこじゃないかもしれないけど、でも卯月ちゃんだってまだ十代だから、やっぱりほら『赤ちゃんができるようなこと』は控えておいた方が」
「……」
 ウヅキは、目が点になり、頭が真っ白になった。
 そしてすぐに、頬が真っ赤になった。若者らしく。
「してません!」
 すると、マサヤの母は、あからさまにホッとした。
「あらそう!?」
 思わずそう声を上げて、ついで「アハハハハハなーんだよかったー」と、笑い声を上げた。
「そう! そうなんだ! ならいいのよ!?」
 マサヤの母の「物分りのよさ」というのが、「してません」を「特定の行為をさす言葉」だと思ってるのではないかと思い至ったウヅキは、あわてて言葉を足す。
「卯月は夜一人で寝るのを怖がっていて、誰か人が居ないと落ち着かないんです。ひどい時は泣き出したりするので。だから、同じ部屋でベッドを二つ並べて寝ているだけで。だからなにも! そのうち、あいつが落ち着いたら、ちゃんと別々の部屋で寝ますし!」
 まあ、たまには手をつないだりだとか、さらにもっとたまに卯月が不安がる時には、ちょっと抱きしめたりはしてるが。決して一線は越えていない。色々と苦しいが。しかしそんな余計なことまで言う必要はない。今必要なのは、彼女の誤解を解くこと、それだけだ。
 しかし、そんな青年のあせりまくった言動など気にも留めず、三人の母は安心したついでにべらべらと朗らかにしゃべる。
「してないんだ!? なーんだ! ならよかったわぁ。もうおばさん『一緒に寝ないぞ』って言葉にビックリしちゃってー! いや、いいのよ。例えしてたとしても! 赤ちゃんできても! ウヅキ君ならしっかりしてるから、後の責任とかもキチンと取るでしょうし、まあ大丈夫だろうとは思ったんだけど、でもホラ、やっぱり若すぎるというのがチョット、ほんのちょっとだけね、引っかかったものだから! ああー、してないのね! ならホントよかった。してないんならよかったーもう! ちょーほっとしたー! ほっ!」
 思い切り胸を撫で下ろしているマサヤの母の言葉のあちこちに「してる」という単語が混じっていたので、ウヅキはまだ言い募ろうとしたが。
 言えば言うほど逆に意識しているように受け止められかねないので、青年はあきらめた。
 言いたいだけ言ったおばさんは、満足して満面の笑みを浮かべた。
「さあ! 戻ってホットケーキ食べましょうね!」
「……はい、」
 一気に消耗したウヅキは、ニコニコ笑うマサヤの母から、子供のように手を引かれて部屋を出た。


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