万の物語/十二万ヒット目/十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


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「ウヅキもマサヤもさぁ、なんかあったのか?」
 再び台所に現れた二人の青年の様子に、卯月は驚いた。
「ウヅキ、なんかすげえ疲れてねぇ? マサヤ、どうして泣いてんの?」
「……なんでもない」
 ウヅキがぐったりと答える。
「おばさんがちょっと困らせちゃったの。大丈夫よ、卯月ちゃんは気にしないで。問題解決だから!」
 軽やかな笑みを浮かべるマサヤの母が言い添えた。
「なんでもないんだよぉ卯月ちゃん、うっ、えっ、」
 マサヤがぐすぐすと答える。
「……卯月ちゃん、マサヤが泣き虫弱虫なのは、いつものことよ。……だから、気にしないでいいの」
 最近はみんなの前でも声を出せるようになってきたマサヤの姉が言い添えた。
「へえ。そっか。ならいいや」
 卯月は素直に信じた。

 母と姉と居候は二人の青年が作ったホットケーキに舌鼓を打ち、弟と家主はお互いが作ったものを食べつつ精神的な疲れをいたわりあった。
「ふーん、ウヅキ君のは表面がちょっとカリっとしてるのね」
 マサヤの母は、何もつけないホットケーキを大きく切り分けてどんどん食べる。
「マサヤのはー、ふわふわなのなー」
 卯月はメイプルシロップとバターを付けて食べていたが、左隣で食べるおばさんが何もつけてないのを見て「あー、それもうまそーだなー」と言った。
「マサヤ、……おかわり」
 小さめのホットケーキを食べ終わったサヨが小さな声でつぶやくと、空になった皿を指差す。
「今度は……ウヅキくんが……作ったのを、食べたいわ?」
 それまで、ウヅキを相手に「姉さんが怖いんだよう……」と、メソメソ泣きついていた青年は、構われた子犬のように顔を輝かせた。
「え!? おかわり!? うん! 姉さん! ハイどうぞ!」
 いそいそと椅子から立ち上がり、姉の小皿にウヅキ製のホットケーキを小さく切って載せると、「わー、姉さんがおかわりした。嬉しいなー」と小躍りした。
「あのさーウヅキ、」
 マサヤのホットケーキを食べ終わった卯月は、右隣にいる家主に声を掛ける。
「なんだ?」
「おばさんがやってるみたいに、何もつけないで食べたいんだけど。一枚まるごとは食べきれないんだ」
「皿寄越せ」
「うん、」
 卯月の皿を受け取ると、ウヅキは、自分がこさえたものを一枚載せて半分に切り分け、半分を自分の皿に乗せて返した。
「ほら、」
 居候の少女は嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとウヅキ」
 何もつけないホットケーキをおいしそうに食べる少女に、マサヤの母は笑いかけた。
「卯月ちゃんがウヅキ君に大事にされてるから、おばさん嬉しいわ」
 ところが、卯月は少し顔を曇らせた。
「おばさん、そうでもないぜ? 『良く噛んで食べろ』とか『もっと食え』とか『口についてる』とか。ちょっとやりきれねえ時もあるんだぜ?」
「! 卯月、それ以上言うな」
「なんで? ほんとのことだろ?」
「ハハハハハ!」
 顔を赤らめたウヅキときょとんとしている卯月を見て、サヨの母は笑い出した。
 そして少女の頭を撫でた。
「それなら安心だ」

 そして、それぞれの冒険へ出発の時となる。
 海の見える丘の家。そこで別れた。家族は丘を降りて街へ服を買いに。家主と居候は北を越えて南の高地に。
「じゃ、気をつけて行ってらっしゃい。ウヅキ君、卯月ちゃん。帰ってきたら、面白い話聞かせてね!」
 ミマの母が朗らかに手を振る。
「卯月ちゃん、ウヅキ君、いってらっしゃい。帰りにはうちに寄ってね」
 マサヤがにこにこと手を振る。
「二人とも、……楽しんできてね」
 サヨが小さな声を海風にのせて届ける。
「うん! 行ってきまーす!」
 卯月が大きく手を振る。
「ありがとうございます。行ってきます」
 ウヅキが丁寧に頭を下げて、手を振った。

 風が潮の香りを乗せて清々と吹き抜けた。


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