万の物語/二万ヒット目/北の空二万の星〜白い星の隠し巫女〜

北の空二万の星〜白い星の隠し巫女〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


11

 暗い木造の屋敷の中。灯りはロウソクだけ。黒い闇中で橙色に揺れる小さな光源は、まるで化け物の眼光のようで、不気味にすら感じられる。
 二人は、累機衆の長の前に、呼ばれた。大きな座敷に。
 左右には中年以上の男たちが座し、ロウソクが灯る。長は床の上にあぐらをかいていた。
 二人の手首は綱で巻かれて、自由でなくなっていた。
 二人とも、硬い木の床の上に正座で座らされた。
『新殻衛兵の動きは、活発になってきている』
『星降りの神社のご神体を狙っているのだ』
『凶星を渡してはならない。決して』
 二人の前で、累機衆たちは言い合った。
『生まれた時から聞き続けてきた話だよ』
 祐人は、雪葉にささやいた。
『もう飽きたな。この話もさ』
 祐人は首をすくめる。
『苦界の霊である新殻衛兵が、星降りの神社のご神体である凶星を狙う。凶星を苦界に持ち帰って、星が放つ禍々しい力で、苦界の力たる苦しみを増大させる。そして、異界を苦しみで征服するために』
 雪葉の耳元に、低くゆったりした声を響かせる。
『でも。でも、だ。僕たち累機衆が必ず護る。世界を、星を。そして雪葉、君は巫女だよ。この星の人間でありながら、僕たちに選ばれた者だ』
『祐人!』
 累機衆の一人が、声を荒げた。
 白柳だった。累機衆の長に次ぐ位を持つ男。勇猛な性格。筋骨逞しい体。もはや若くは無い今であっても、彼に腕力で適うものはいない。
『何を無駄話をしているか! 本当に人の話を聞いているのか? このうつけものが! 星降りの神社に、お前も来い!』
 男は、祐人に命じた。
 祐人は気分を害した。今まで雪葉に見せていた熱っぽい顔がみるみるこわばった。
『うつけもの? 畜生、……長の息子だぞ。僕は』
 長の次に偉いからっていばり過ぎだ、と、低く小さく吐き捨てた。
『わかりました。白柳様』
 白柳は、雪葉の方もすっと見た。
『雪葉、お前もだ。もう、終わる。お前の役目はこれで終わりだ』
『……はい』
 なぜか、雪葉は重い表情で祐人を見下ろす。
『祐人』
 長は、老年の長が、息子の名を呼んだ。
 祐人は笑って、父を見上げる。
『はいお父様』
『長と呼べ』
『はい。長』
 長は、胸まで伸びた白いあごひげをさばいてから、黒い鋭い瞳を、息子に向けた。
『先ほどは、なぜ助けを呼ばなかった?』
 祐人は、困ったように、首を傾げた。
『不慮の事故でしたから。助けを呼ぶ暇も、ございませんでした』
『そうか』
 祐人への長からの問いは、それで終わった。
 長は、鋭く、雪葉を見た。
『雪葉、そなたは巫女』
 雪葉は、床に手をついて、静かに頭を垂れた。
『はい』
 黒い長髪が、床に届いた。
『そなたは累機衆の主のもの』
『はい』
『そのことを、ゆめゆめ忘れるなよ?』
『……はい』
 雪葉は深く頭を下げて、心の底からの言葉を出した。
『私は主のもの。主の命令は私の命。片時も忘れたことなど、ございません』

 長の話が終わり、累機衆たちが座敷から出て行く。最後に退出したのは、祐人と雪葉だった。
『雪葉、僕の部屋に来ないか?』
 障子を開け、縁側に出るところで、祐人は後ろから来た雪葉の肩を引き寄せてささやいた。
『いいえ』
 雪葉は、絡みつく視線から目をそらして首を振った。
『私、いったん、自分の家に戻る。家族が心配するから……』
 雪葉は、少年から、つとめて離れようとする。
 祐人は舌打ちした。
『なんだよ、冷たいな』
 腫れている右手首を、祐人は強引につかんで引いた。
『っあ、痛、』
 少女は思わず悲鳴を上げた。
 少年は、愛しそうに笑った。
『雪葉……』
『お前たちっ!!』
 低く重い、鋭く響く声が、そのとき、二人に突き刺さった。
 おどろいて、祐人と雪葉は、声のする方を見た。
 縁側の、各個室につづく方向に、白い衣服を着た壮年の男が、鬼の形相で立っていた。辺りに、怒りの空気をまきちらしながら。
『白柳、様……』
 息をのみ、祐人は、うわずった声を出した。
 白柳は、荒々しい足取りで、少年と少女に近づいてきた。
『何をしているのだ!』
 恫喝して、二人を引き離した。
 雪葉を右に。祐人を左に。
『祐人よ、』
 射殺すような視線で、長の息子を注視して、重い声を寄越した。
『お前は、今が、どんな状況であるかわかっているのか?』
『あ、の……』
 祐人は、どすの利いた迫力に圧倒されて、声も出ない。
『己のなすべきことはなんだ? 色恋か? こんな時に?』
『え……』
 緊張のあまり、呼吸困難になって、祐人はあえぐような声を出す。
『いいかげんにしろっ!』
 こめかみに血管を浮かせた白柳は、祐人のむなぐらをつかむと、縁側から、雪積もる石の庭に、投げ飛ばした。
『うわああっっ!』
 悲鳴を上げながら祐人は飛び、白い地面にすさまじい勢いで落ちた。
 ゴドッ、と、鈍い音がした。
 突き出た庭石に、祐人は背中を打ち付けていた。
『うわああ! 痛い、痛いよぉ! 痛い!』
 転げまわって叫ぶ少年に、雪より冷たく怪我より痛烈な言葉が、投げつけられた。
 白柳から。
『笑わせるな。何が痛いだ?』
 縁側から見下す目には、侮蔑があふれていた。
『お前にとって世界は幻なのだろうが? 長の息子、殿。ならば、例え刃物で千々に切り裂かれたとしても、死にはすまい? 痛みなど、そもそもあるまい? この愚か者め』
『……!』
 散々な言われように、祐人は、痛みを忘れて睨み返した。
 しかし、さらに言葉は続いた。
『長の息子よ。お前こそ幻なのではないのか? さっさと夢から覚めた方がいいぞ? きっとお前は累機衆でもなんでもない、ただの愚か者だ。さっさと己の無様さに気づくが良いわ!』
『なんてことを!』
 あまりの言い様に、雪葉が声を上げた。
『白柳様、そんなにおっしゃらなくても……う』
『それ以上しゃべるな。巫女殿よ』
 白柳は、頑丈な手で、雪葉の口をふさいだ。
 恐ろしいほどの視線で、壮年の男は、少女を見た。
『お前はお前の役目だけを果たせばそれでよいのだ。いいか、雪葉よ。用が済んだら、お前はお役御免』
 もはや、何の言葉も返せるはずがないと思った白柳は、雪葉の口から手を離した。
 少女は、力なく肩を落とした。
『はい……』
『必要以上に祐人に近づくな。わかったか? お前は巫女なのだ』
 雪葉は目を伏せて、ひどく寂しそうに、つぶやいた。
『わかって、おります』
 雪葉は、涙を落とした。
『私は巫女。主の物……』
 白柳は、巫女の肩を押して、ここから離れるように言った。
『さっさと家に帰れ。用がある時は呼ぶ。みだりに屋敷にいるな』
『はい。白柳様』
 泣きながら、雪葉は、歩き出す。
 追い討ちを掛ける様に、白柳が言った。
『嫌なら去れ。もう来なくてもよいのだぞ』


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