万の物語/二万ヒット目/北の空二万の星〜白い星の隠し巫女〜

北の空二万の星〜白い星の隠し巫女〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


16

「ご苦労」
 白い雪降る紫の神社に、賢者が現れた。
 新殻衛兵たちに一声掛けると、主は雪葉のそばに歩み寄った。
「雪葉……」
「主上、」
 踏み固められた雪の上に、黒髪の少女が横たわっていた。
 紫の賢者はかたわらに膝を付くと、少女を抱き起こした。
「お前に呼ばれる前に、出てきてしまったが」
 インテリジェは目を細めて、痛々しそうに、雪葉の右手首を見る。赤紫のまだらに変色して、熱く腫れていた。
「酷いことをされたな」
「大丈夫です」
 首を振り、雪葉は紫の主を見上げて、少し哀しく笑った。
「……答えが、でました。主上」
「そうだな」
 インテリジェはうなずいて、雪葉の右手をそっと持ち上げた。眉をひそめる。
「無体な真似を」
 巫女は、小さく苦笑した。
「こうでもしなければ、私を防げなかったのでしょう」
 当人よりも深刻な表情で傷を見つめながら、主は言う。
「直さなければ」
 全て委ねた至福の笑みで、巫女は応じる。
「御意のままに」
「ああ」
 北の賢者は、雪葉の右手首を、大きな右手で包んだ。
「主上……、」
 雪葉は主を見上げてささやく。
「どうか私の名前を、呼んでください」
 黒髪の少女は賢者に乞う。秘密の願いを口にするようにそっと。
 左腕で雪葉を抱きしめて、インテリジェはささやいた。
「雪葉、」
 少女の望む、完璧な発音が、耳にすべりこんだ。
「はい」
 運命に導かれるように、巫女が応える。
「雪葉」
 自分の物が確かにそこに在ることを確認するように、賢者は呼んだ。
「はい、主上……」
 長く続いた孤独な夢が終わったように、巫女は応じた。
「会いたかった、雪葉」
 耳元から口を離し、インテリジェは雪葉の白い顔を間近で見つめた。
 火酒に酔わされたように、雪葉の顔が紅に染まった。
「わたくしもです。主上、」
 北の賢者は、黒髪の少女に、口づけた。


←戻る次へ→

万の物語 作品紹介へ inserted by FC2 system