万の物語/二万ヒット目/北の空二万の星〜白い星の隠し巫女〜

北の空二万の星〜白い星の隠し巫女〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


17

 社の中には、何も無かった。ただ、木造の部屋があるだけだった。
 祐人は驚きに目を見開いた。
『どういうことだよっ!?』
 がらんとした部屋中を見回した。
『……たしかに、凶星が。たしかここには、黒い大きな、岩のような物があったはずなのに!』
『それがそこにまつられていたのは、つい今しがたまでだ』
 重い男の声が、少年の言葉に割り込んでずしりと響いた。
『わっ!』
 祐人の肩が激しく震えた。
『だ、誰だ? 誰だっ?』
 泡をくって、四方八方を見る。誰もいない。何も無い。
 やっぱり無人だ、と思った瞬間。
『誰、とは』
 失笑交じりのため息が聞こえた。
『お前がお前として生まれて17年だぞ? にもかかわらず、寝食を共にしてきた仲間の声すら、聞き分けることもできんとは……』
 腹立たしげな低い言葉と共に、壮年の男のようなものが、社の真ん中に現れた。いや、現れたのではなく。木の床が盛り上がり、木でできた人形に変化してのけた。
『ひいっ!』
 少年は飛び上がって驚いた。
『ひ、ひ、人が! 床からっ!』
 木彫りの肌が、だんだんと生々しい皮膚に代わり、彫像が人間になった。
 白い衣をまとった壮年の男が、鋭い眼光で、少年の正面に立っていた。小指の先ほどの黒い塊を右手に持って。
『片腹痛いぞ。国主?』

「答えは出た」
 紫の賢者インテリジェは、低い声を響かせた。
「仕舞いにする。このまま、落とす」
 主の一声で、辺りの光景が一変した。
 雪をかぶった大地が黒く泡だち、累機衆が現れた。黒い衣をまとった無数の者が。
 雪が混じった大気が昇華して白く固まり、新殻衛兵が現れた。白い鎧でおおわれた無数の者が。
 今まで、街だけが蜃気楼のようにゆらいでいたが、今や、星全体が頼りなく揺れていた。
 だが、阿子木山だけは、明瞭な白と黒になった。新殻衛兵と累機衆とによって。
「主上、」
 雪葉は主を仰ぎ見た。インテリジェに右手を握られて、体が宙に浮かんでいる。
「このまま去りますか?」
「いや」
 紫の賢者は、首を振った。
「国主に会う。話をしてからだ」


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