万の物語/二万ヒット目/北の空二万の星〜白い星の隠し巫女〜

北の空二万の星〜白い星の隠し巫女〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


『命令だとおっしゃられた。もう、うんざりだ』
 また私の悪口を言っている!
 臣下の陰口が、聞こえてくる。
『また言われたよ。わからないからお前たちで決めろ、これは命令だ、……と』
『私たち下の者が判断してはならないことだからこそ、主の意向を伺っているのだが。さて、困ったものだよ』
 くそ。わざと大声で。
 私に聞こえるように、わざと大声で言っているのだ。私が何も言い返せないのをわかっていて。
 私の背中はぞくぞく粟立った。怒りのために。
 どうにも、慣れない……この臣下達の陰険さには。いや、慣れるものか。慣れてたまるか! 私は、臣下が思うような無能の者ではない。断じてだ。
 真の私を、本当の私を知りもしないくせに。勝手なことばかり。
『知恵というものがないのか……』
『ご自分で考えようとなさらない方だから』
 うるさい。うるさい。何もわかっていないくせに。
 はらわたが、煮えた。
 どいつもこいつも。無能だの軽薄だの、私をののしることしかしない。
 ゆるせん。
 とにかく、どんな理由であれ、見下げられるのだけは嫌だ。自分は、この国の主なのに。主が笑われるなんて、あってはならないことだ。
 父から国を継ぎ、未熟で鬱屈した主。
 臣下の苦言に辟易していた。
 そんな彼がしたことは、人知れず神社をつくること。
 他者にはそうと悟られないように、鳥居もつくらず、社も置かず。木と木との間に、ただ荒縄を引いて。自分の庭に作った。
 そして、深夜、そこに詣でた。
 まつられる神体も無い。あるというなら、心の中に。凝り固まった「不満」こそ、その神社の神体だった。
 誰にも知られず、毎夜毎夜、社に詣でる。
 荒縄の下を、毎夜毎夜。
 政務を学ぶこともせず、ただそればかりを。
 願いは、自分が馬鹿にされなくなること。臣下の雑言が止むこと。主を敬わない者ならば、誰もいらない。誰も。
 やがて願いが通じたのか。
 ある夜、空から星が降ってきた。荒縄の下に。
「おお!」
 国主の元に、まつられるべき神体が、降ってきた。
 誰が見ても、それは天からの授かり物。実際、空から降ってきたのだから。
 国主は、堂々と、人を使って神社と社を造らせることができた。星をまつる社を。
 己の、真なる願いを隠したままで。
 そして、毎夜毎夜、今度は、社にまつられた星に願った。
 臣下を含めた周囲の者たちは、そんな国主の姿をこう評価した。執着していると。信仰熱心だとも、敬虔な方だとも、言わなかった。
 しかし、国主は、もはや他人の評価など気にも留めなかった。
 国主の、彼のためだけの神体ができた。これで充分だった。
 他には何もいらない。
 臣下から軽蔑されようが、構わない。心の中の思い全てを、星にあずけた。
 やがて、
 願いがかなった。
 完全に。
 だが、あるとき、神が降りてきた。
 それを返してもらいにきた、と、神は言った。
 しかし、
 国主の願いを聞いた神は、彼と約束を交わし、彼に星を置いていった。


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