賢者ノウリジは、鼻を鳴らした。
「ふうん」
下手な芝居を見るように、虹色の珠の中を見て、眉を寄せる。
「なんか知らんが、危険な状況だっていうのはわかる。しかし。うるさいユウジンは、すげえ見栄っ張りだ」
ノウリジは、少年の声高な口調を真似て『恥なんてかけないよっ!』と言うと、顔をしかめた。
「うるさいっての。格好つけてる場合じゃないだろうに。もう」
困った様子でいる雪葉を見つめて、紅い賢者はひとつうなずいた。
「よーし。では、俺がユキハちゃんを助けてやろう。ユウジンなんか、もうぜんぜん駄目だ」
ノウリジは、左手だけで珠を持ち、右手で拳骨を作る。
「とっりゃあ!」
珠を勢い良く叩いた。
ガゴン。
なかなか大きな打突音が、こぶしと珠の間で弾けて生まれた。
だから、痛い。
「うわいて!」
思わず声を上げたノウリジは、決まり悪そうに、右手を振った。
「張り切って叩きすぎた……。手、痛、」
少年は、すっかり頭に血が昇っているらしい。
少女は彼をなだめるように、噛んで含めるように言った。
『お願い。私の考えていることを、聞くだけでいいから聞いて。意地を張ってる場合じゃないと思う。累機衆を、助けを呼んだ方が良いと思う。どう? でないと、私たちは新殻衛兵に……』
祐人は、頑固に首を振った。何度も何度も。
『駄目だ! 駄目なんだよ雪葉! 僕たちは、一人前になるんだろ? 誰かに頼っちゃ駄目なんだ!』
『でも、もっと大事なことが……』
何も受け付けず、そらされた少年の顔。少女は悲しそうにつぶやいた。
『……あるでしょう? どうか、本当のあなたを、見せて』
その時。
ガゴオオオン!
白い地を砕き、暗い空気を斬るかのような大音響と共に、世界が震撼した。
地が大きく揺れ、嵐のような風が吹き荒れて、雪葉と祐人の体は地面に叩きつけられた。
雪の中に倒れ、沢山の白いしぶきが上がる。
『あ、うっ!?』
『うわ! ブフッ!』
「ぬお……!? しまった、やりすぎたか? ……すまん、ユキハちゃん」
思わぬ拳の威力に、ノウリジは、身をすくめた。
珠の中では、少女と少年が雪まみれで横たわっている。
映像を拡大すると、少女は痛みに顔をしかめていた。
どこか怪我をしたのかもしれない。
ノウリジは、おろおろした。
「どうしよう! ああ、どうしよ」
珠の中の雪葉は、右手首を押さえてうめいている。
「怪我させてしまった……すまないー」
茜色の髪の青年は、まずい、と苦くつぶやいた。
「しかたないな。もっと危機的な場面で、疾風のように現れて、格好良く助けようと思っていたのだが、予定変更だ。今すぐに行こうかな!」
賢者は、うむ、と、うなずいて、自案を実行しようとした。
が。そんな彼に、老いた声が掛けられた。
「お上。北の賢者から伝言です」
紅い衣を頭からかぶり、まるで、てるてる坊主のようないでたちの老婆が、緑の草原に姿を現した。
「インテリジェから?」
ノウリジは彼女の方を見ず、虹の珠に目をやったまま答えた。
「今忙しいからな。後で聞くよ。しばらく待ってくれ」
「今聞かれた方が、よろしいかと」
老婆は、主の意向を無視して、言葉を伝えた。
「勝ったぞノウリジ、と」
「!」
ノウリジは何かを思い出し、顔色を変えた。
「しまった! 嘘だろ!? インテリジェ」
慌てふためいて叫ぶと、暖かな陽気に潤う緑の草原から、紅の賢者は姿を消した。
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