万の物語/二万ヒット目/北の空二万の星〜白い星の隠し巫女〜

北の空二万の星〜白い星の隠し巫女〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


 賢者ノウリジは、鼻を鳴らした。
「ふうん」
 下手な芝居を見るように、虹色の珠の中を見て、眉を寄せる。
「なんか知らんが、危険な状況だっていうのはわかる。しかし。うるさいユウジンは、すげえ見栄っ張りだ」
 ノウリジは、少年の声高な口調を真似て『恥なんてかけないよっ!』と言うと、顔をしかめた。
「うるさいっての。格好つけてる場合じゃないだろうに。もう」
 困った様子でいる雪葉を見つめて、紅い賢者はひとつうなずいた。
「よーし。では、俺がユキハちゃんを助けてやろう。ユウジンなんか、もうぜんぜん駄目だ」
 ノウリジは、左手だけで珠を持ち、右手で拳骨を作る。
「とっりゃあ!」
 珠を勢い良く叩いた。
 ガゴン。
 なかなか大きな打突音が、こぶしと珠の間で弾けて生まれた。
 だから、痛い。
「うわいて!」
 思わず声を上げたノウリジは、決まり悪そうに、右手を振った。
「張り切って叩きすぎた……。手、痛、」

 少年は、すっかり頭に血が昇っているらしい。
 少女は彼をなだめるように、噛んで含めるように言った。
『お願い。私の考えていることを、聞くだけでいいから聞いて。意地を張ってる場合じゃないと思う。累機衆を、助けを呼んだ方が良いと思う。どう? でないと、私たちは新殻衛兵に……』
 祐人は、頑固に首を振った。何度も何度も。
『駄目だ! 駄目なんだよ雪葉! 僕たちは、一人前になるんだろ? 誰かに頼っちゃ駄目なんだ!』
『でも、もっと大事なことが……』
 何も受け付けず、そらされた少年の顔。少女は悲しそうにつぶやいた。
『……あるでしょう? どうか、本当のあなたを、見せて』
 その時。
 ガゴオオオン!
 白い地を砕き、暗い空気を斬るかのような大音響と共に、世界が震撼した。
 地が大きく揺れ、嵐のような風が吹き荒れて、雪葉と祐人の体は地面に叩きつけられた。
 雪の中に倒れ、沢山の白いしぶきが上がる。
『あ、うっ!?』
『うわ! ブフッ!』

「ぬお……!? しまった、やりすぎたか? ……すまん、ユキハちゃん」
 思わぬ拳の威力に、ノウリジは、身をすくめた。
 珠の中では、少女と少年が雪まみれで横たわっている。
 映像を拡大すると、少女は痛みに顔をしかめていた。
 どこか怪我をしたのかもしれない。
 ノウリジは、おろおろした。
「どうしよう! ああ、どうしよ」
 珠の中の雪葉は、右手首を押さえてうめいている。
「怪我させてしまった……すまないー」
 茜色の髪の青年は、まずい、と苦くつぶやいた。
「しかたないな。もっと危機的な場面で、疾風のように現れて、格好良く助けようと思っていたのだが、予定変更だ。今すぐに行こうかな!」
 賢者は、うむ、と、うなずいて、自案を実行しようとした。
 が。そんな彼に、老いた声が掛けられた。
「お上。北の賢者から伝言です」
 紅い衣を頭からかぶり、まるで、てるてる坊主のようないでたちの老婆が、緑の草原に姿を現した。
「インテリジェから?」
 ノウリジは彼女の方を見ず、虹の珠に目をやったまま答えた。
「今忙しいからな。後で聞くよ。しばらく待ってくれ」
「今聞かれた方が、よろしいかと」
 老婆は、主の意向を無視して、言葉を伝えた。 
「勝ったぞノウリジ、と」
「!」
 ノウリジは何かを思い出し、顔色を変えた。
「しまった! 嘘だろ!? インテリジェ」
 慌てふためいて叫ぶと、暖かな陽気に潤う緑の草原から、紅の賢者は姿を消した。


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