主の全てを思い出す。
父の主だった。私は只人だった。
初めて会って、ひと目で、主に心を奪われた。……主も。
心を重ね、体を重ねたこと。
とまどう主に、願ったこと。私の命を取り上げ、主の物にしてくださったこと。
命令だという主の声。瞳。全て。
主の全てが、私を酔わせる。
会いたい。逢いたい。あいたい。
『お願い、祐人。早く、早く、本当のあなたを見せて……』
『おい! 雪葉! 雪葉ぁっ、大丈夫? 大丈夫か!?』
刺すように冷たい雪を払って、祐人は起き上がる。
かたわらには、雪葉が背中を丸めて倒れていた。
気を失っていた。
『雪葉っ!』
祐人は、雪葉の手を引いて立ち上がらせようとした。
右手を引いて。
『……ぅあっ!』
滅多に聞けない雪葉の悲鳴が、紅い唇から走り出た。
驚いた祐人は、ぱっと手を離した。
雪葉が、雪の中に倒れ込む。
『ごめん、雪葉』
祐人は、白い地面に膝をついた。
『怪我、したのか?』
雪葉は、右手首を左手で握りしめ、歯をくいしばって痛みに耐えていた。
その細い両肩に、祐人の手がぐいと掛かった。
『雪葉』
祐人が、彼より少し小さな雪葉に覆いかぶさった。
『……?』
痛苦に揺れる雪葉の瞳が、怪訝そうに祐人を見上げた。
『雪葉っ、』
少女の体に、少年の重さが遠慮なく加わる。
祐人は雪葉の左耳に、熱い吐息と言葉を吹き入れた。
『好きだ。雪葉』
言われた雪葉は、肩を大きくふるわせた。
『祐、』
なにか言い返す前に、積んだ雪を踏みしだく速い足音が十数人分近づいてきた。
『雪葉! 祐人! お前たち! 何をしている!』
祐人は色々な意味の恥で頬を朱に染め、くぐもった声を無念そうに押し出した。
『累機衆だ……。見つかった。畜生』
雪葉は痛みで青い顔をして、安堵の声をもらした。
『累機衆……。助けに来てくれた。よかった』
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