万の物語/二万ヒット目/北の空二万の星〜白い星の隠し巫女〜

北の空二万の星〜白い星の隠し巫女〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


 北の賢者インテリジェは、金銀の星が瞬く青空の下で待っていた。
 昼の青空ではなく、宵闇の深い青の空だった。
「星は落ちる。私は友との賭けに勝つ」
 賢者は、一人ごちた。
 北の空を見上げる短い薄紫の髪が、冷えた北風に揺らされた。
「そろそろ潮時だ。待てん」
 あまり感情を表さない、同色の瞳は星空を映している。
「星も、珠も」
 賢者は、振り返って、南の方を見る。
「あれは私の物だ。無体な真似など、させない」
 北の地は荒野。石と砂と雪の世界。瑞々しい緑は、遥か遥か南の彼方に存在するのみ。
 見えもせぬ南の果てを向いた賢者の、ちょうど目の前に、南の賢者が姿を現した。
 紅い賢者が。
 紫の賢者は、片頬で笑った。
「来たな」
 左手を差し出す。
「賭けは私の勝ち。珠を寄越せ」
「いや。ちょっと待て」
 南の賢者ノウリジは、小刻みに首を振った。手も振った。
 北の賢者インテリジェは、相手の深意を探るかのように目を細めた。
「待て、と? さては惜しくなったか?」
「いやいや」
 ノウリジはすぐに否定した。
「違う。もちろん珠はお前にやるとも。たしかに惜しいことは惜しいんだが、俺がしぶったのは、そういう意味じゃないんだ」
 今、丁度、いいところだったんだよ、と、ノウリジは言い加えた。
「もうすこしの間、映像を見たいんだけどな? 北では陽光が弱すぎて駄目だ。珠の中を覗くには、代わりになる強い光が要る。お前のところの星明かりで見せてくれないか? ただの火でもいいよ。続きが気になってさ」
 インテリジェは、鼻をならして肩をすくめた。
「ふん。話が見えんな。続き? 何がいいところだ? 陽光がなんだと?」
 まるで無視をするように、きびすを返して、屋敷の方へと歩き出す。
「だーかーらー!」
 ノウリジは、もどかしそうに言った。
「だいたいこれだけ言えば、わかるだろ? 最近の俺の趣味、お前は知ってるんだからさあ!」
 紫の賢者は、振り返った。友のじれったそうな様子に、意地の悪い笑みを返した。
「趣味、か。趣味ね。少女趣味だな。さっさと実物を連れてくればいいのに。そしたら、そうじめじめと覗き見し続ける面倒をしなくてもいいのだ」
「少女趣味って……! じめじめって! 実、物ぅ? そうでなく、本人だろ!」
 ノウリジは、友のあんまりな言い草に、思わず叫んだ。
「もっと好意的な言い方しろよ! 俺は正々堂々と、可愛いなって思った子を、明るく優しい気持ちで見守っているだけだ! つまり良いお兄さん的立場なの!」
「ふっ」
 しかし友は一笑に付す。ノウリジに背を向けて、さっさと歩を進めた。
 紅い賢者は慌てて後を追った。
 こんな寒いところに取り残されるのは嫌だ。
「こ、こら待てっ! あ、それよりも! 俺の言いたいことがわかってるなら、さっさと星明かりをくれっ!」


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