星降りの神社は、阿子木山(あこぎやま)の頂にある。
伝説があった。
はるかな昔。この阿子木山がある岩谷(いわや)の国に、星が降った。城のある、阿子木山の頂に。
黒い、それは凶星だった。
突如として、国は乱れた。凶星から放たれる怪しげな呪いの言葉が、役人の心を悪に乱した。
まず役人同士がお互いを疑りあい、斬りあって死んだ。国のまつりごとが、人組みから崩壊した。
凶星は、次に、毒を流した。山に毒をしみこませ、それは、地下を流れる水にまで達した。
地が荒れた。風が荒れた。ゆえに、作物が絶えた。だから、人が死んだ。
凶星は、国を滅ぼした。
岩谷の国は、滅んだ。
荒野の中、阿子木山の山頂に、凶星がのっていた。屍骸の国の山の上に。
誰も、何も、岩屋の国には永遠に近づけないことと、思われた。
しかし凶星は、封じられた。
累機衆によって。
いかにして封じたかは、彼らしか、知らない。
累機衆。彼らは界を流れる民。彼らは自在に姿を変えて、自由に異界を行き来する。だが、その存在を知るものは、皆無と言っていい。彼らは自分の正体を隠して生きる。自由な身が、何者にも縛られることのないように。
『でもね。特別な者にだけは、累機衆は正体を教えるんだ。雪葉……君のような者に、ね?』
牢の中に、二人はいた。
あの地震の後、駆けつけた累機衆に、二人は叱責を受けた。なぜ、勝手に動いたのか、と。
雪葉は素直に謝った。
祐人は弁明した。これは不慮の事故であり、自分たちは何も勝手なことはしていない、と。
では、雪葉だけを反省のために牢にいれろ、ということになった。祐人は、雪葉が入るなら同行していた自分も入る、と言った。
そして二人は、二人でここにいる。
祐人は、右隣で膝を抱えて座っている雪葉にささやいた。なかば、寄りかかるようにして。
『ユキハ。僕は、累機衆の主として、生を受けた』
雪葉に顔を向け、生暖かい吐息が彼女の左頬に当たるように、ささやいた。
少女は顔をそむける。
『そうね』
少年は、愛しそうに笑う。
『人間である君にとって、この世界は現実だ。でも、累機衆たる僕には、ここは幻のように揺らいで見える。そうさ、世界は幻のように儚い』
儚いんだ、と、夢見るように繰り返して、祐人は、ふふ、と笑う。
『でも、』
再び、雪葉を見た少年の瞳には熱が住んでいた。
『君は、違う。儚くなんか無い。君は、特別さ。累機衆の巫女(みこ)に選ばれた人間なんだからね?』
黙って話を聞いていた雪葉は、少年が予想していた反応は見せなかった。
雪葉は目を伏せて、息を吐いた。ため息に近かった。
人間の自分が特別な存在に選ばれたのだという、感激も、喜びも、雪葉は表さなかった。
それどころか、雪葉は、祐人をたしなめた。
『発音が、なってないわよ。祐人。ユキハじゃない。私の名前は、雪葉』
雪葉は、黒い髪をかきやった。
『きちんと呼んで欲しいの』
そして、左隣の幼馴染をじっとみつめて、はっきりと嘆息した。
『いい? 祐人。累機衆は異界を渡れる。そして、異界になじめる。でも、まずは言葉からよ? 姿形を似せられるのは、それはあなたがた生来の力。生まれつき備わった能力でしょう? でも言葉は、』
『わかってるよ!』
思わず、祐人は声を荒げて叫んだ。
『雪・葉! これでいいんだろ?』
絶縁状を叩きつけるような勢いで、少年は叫んだ。
『言葉は自分の努力だろ? そんなこと、いちいち言わなくたっていいんだよ。君は人間だろ? そもそも、僕に説教する立場じゃないっ!』
祐人は、うるさげに首を振ると、気持ちを切り替えた。
『いいんだよ、そんなこと。それより、』
甘い声を奏でた。
『雪葉。君は、巫女だ。累機衆に認められた巫女だ』
雪葉、の所だけを、わざと明瞭に発音して、少女の左耳に吹き入れた。
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