万の物語/二万ヒット目/北の空二万の星〜白い星の隠し巫女〜

北の空二万の星〜白い星の隠し巫女〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


「離れーい!」
 ノウリジが珠を持つ手が震えた。
「ユキハちゃんに近寄るな! 寄るな触るな! しっっしっ!」
 紅い賢者は頬をひきつらせながら声を荒げた。
「どけっ! 散れっ!」
 北から吹く寒風の中で、隣に立って見ていたインテリジェは、長嘆息して髪をかきやった。
「聞こえない珠の中に向かって、何をぎゃあぎゃあと……。本当に暇だな。お前も」
「んだと? 暇はお前の方だろうが? 飼ってた小鳥がいなくなってからは、趣味の星空散策もせずに家に引きこもってるくせに」
 珠を掲げ、星空を見上げていたノウリジは、ぎっ、と祐人を睨んだ。
「鳥好きのお前と違って、俺は健全に女の子が好きなの。ユキハちゃんが生まれた時からずーっとずーっと、見てきたんだよ! 生まれた時から、もう可愛くってさあ! だから、こんな子供になんか、ユキハちゃんは渡さんぞ!」
「生まれた時から……ずっと見ていたのか……?」
 それまで、呆れた様子ではあっても、まあそれなりに大人しく友をながめていた紫の賢者は、表情を強張らせた。
「え? ああ」
 やっぱり、生まれてからずっと見てた、っていうのは、気持ち悪いかな? と思いながらも、ノウリジは素直にうなずいた。
「でも、そこまで変でもないだろう? だって、向こうとこっちでは時間の流れ方に差があるから、せいぜい2年くらいで」
「珠を寄越せ」
 インテリジェは、ノウリジから珠を奪い取った。
 ひどく不機嫌になっている。ノウリジが、自分のことは棚に上げてインテリジェの嗜好にけちをつけたせいか。
「呆れた真似を……。その中毒から更正させてやる。こんなもの捨ててやるから感謝しろ」
 そのまま、右手でつかんで、北の彼方に放ろうとする。
「どあぁあーーーー!」
 ノウリジは、顔色を変えて、叫び声を上げた。
「それだけは、それだけはやめてくれえぇえ!」
 インテリジェは鼻を鳴らした。
「ふん。私は騒がしいのは嫌いだ」
「わかった! わかった! 静かにするから、それを放るのはやめてくれ!」
 紫色の冷たい瞳が、紅の瞳を刺した。
「もう騒がないか?」
「騒がないとも」
 珠は、返された。
 ノウリジは、両手で珠を受け取って、どっと息をついた。
「よかったあ」
 珠の無事を確認し、紅い賢者はインテリジェに恨みがましい目を向けた。
「そりゃ、俺も悪いけどさあ。しかし、捨てるなんて。これ、貴重なんだぞ? 産地では、神体として奉られていたんだから」
 こぶし大の「虹のしずく」に頬ずりした後、紅い賢者は苦い顔をした。
「昔、お前に知恵の種を捨てられたことを思い出すよ。あの時は泣いたよなあ」
 インテリジェは失笑した。
「それもお前が悪いんだろう。『異界のほこらに祭られてるのをもらってきた! 俺様が一番頭が良くなるんだ! ざーまを見ろ!』などと、東の賢者、西の賢者、北の私の所にわざわざ足を運んでまで、狂喜乱舞して騒ぎ立てるから」
 はしゃぎ過ぎの当時を思い出し、さすがにノウリジは顔を赤らめて恥じ入った。
「あ、あれか。ううむ。ごめんよ。あれは、反省してるよ」
 小さくなって、不明瞭な小声で謝るが、それでも、恨みがましく上目遣いで友を見た。
「でも、だからって、……捨てること、ないんじゃないか?」
「捨てたお陰で、静かになった」
 返ってきた言葉は、この土地の風よりも冷たかった。
 ノウリジは、べっ、と舌を出した。
「酷い奴め」
 次に、哀しそうな顔になった。
「でも、どこ行っちゃったんだろうなあ? この珠を使って探しても、見つからないんだよな。うちの衆も兵も、一生懸命探してたんだけどなあ。小さいから見つからんのも当然だが」
 軽く息を吐き、もう諦めてはいるんだけどさ、と言って、紅い賢者は肩を竦めて、少し笑った。
「まあ、お陰で、珠が映したユキハちゃんとめぐり合えたんだが」
「済まんな」
 インテリジェが素直に謝った。本当に謝意はあるのかと勘ぐりたくなるほど、平坦な口調だったが。
「あれを捨てたのは、お前をだまらせるためだった。すぐに、お前に返そうと思って、私も探したのだが」
 滅多に感情を表さないインテリジェが、珍しく、表情を曇らせた。
「すでにその世界の者に見つかった後で……返してもらえなかったのだ」
「やっぱり」
 はあ、と、ノウリジはため息をついた。
「知恵の種はお手軽に力をつけられるからな……」


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