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人質は三万〜誕生日の贈り物〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


「こわい。こわいよ。母さん、助けて」
 あちこちですすり泣きが聞こえる。時折、演技かと思うほどに悲痛な声で助けを求める声も。
「たすけてーっ」
 助けて、か。こんな場所に、そもそも誰がくるというのか。今、ここに来られる人間なんて、いない。
 ずっと黙したままの少女は、そう考えつつ上を見上げた。
 木造の古い家屋。ひどく生臭い。明かりは無い。黒く塗られている窓の隙間から、微かな外光だけが、屋内に漏れ届く。
 ここにいるのは、少女たちばかりだ。
 彼女たちの声は、悲しみや恐れが過ぎたせいか、全てわざとらしくさえ聞こえる。
「だれか助けてぇぇッ……」
「神様ごめんなさい。ああ、どうか、助けて。私、何か、何か悪いことしましたか? それなら改心いたします。どうか助けて」
 どうしようか。
 とうとう聞こえてきた、神に対する懺悔(ざんげ)の言葉に、少女は、これから先のことを考えてみる気になった。
 私は……どうしようか?
 どうすればいいか?
「きゃ!? く、苦しい! なによ!?」
「ちょっと、いや、やだッ、やめてよッ!」
 少女の右前方から、悲鳴が上がった。ふたつ。
 暗いので、室内に何人いるのかわからないが。今は。
 不審者がいた気配はなかった。今まで。
「どうしたの? 何か起こってるの!? ……あぁっ、嘘、やだ、駄目ぇ!」
 もう一つ、新しい悲鳴が。
 何かが起こってる。
 少女は、立ち上がった。
 背後には壁。左の黒い窓からは、太陽光が細く射し込む。さっき、夜が明けた。ならば、私は北に背を向けている。
 少女は瞳を閉じた。薄暗かった視界が闇になった。
「神様なんていない」
 ただ一人、祈らない少女の声。それは笑み交じりのつぶやきだった。
 ならば、動いてみようか? 私も。

 しかし、独りだけ、笑っていた。
 心から。
「……うれしい。おともだちが、いっぱいできた」

 少女は、彼女が神に祈らないことを、知っていた。
 彼女が祈らないこと。それこそが、大きな祈りだということも。

 希望の見えない夜明けに。闇の朝に。
 「少女」は少女にお願いする。
 片方は長髪。もう片方は短髪。
 比べようのない少女たち。
 「少女」は少女に目をつけた。
「お願いがあるの」
「げ? なにアンタ? 聞いたこと無い声だ。誰? なんでいるんだここに?」
 少女は逃げようとした。
「待って。あなたにこれをあげる。これが好きなんでしょう? だから、私の願いを聞いて欲しいの」
 「少女」が差し出した物を見て、少女はニヤリと笑った。
「くれんの? へへ? おう。あたしができることなら、聞いてもいーよ?」
 「少女」と少女は、約束した。
「外に出るつもりなら、公安の懲罰執行部に伝えて欲しいの。『罰は私が与える所ではないと、主上がおっしゃった』と」
「へ? えーと、そんだけでいいのか? 言うだけ?」
「ええ。それだけ。お願いしていい?」
「そんなん朝飯前だ。けど、簡単でも返さねーよ? これ」
「いいの。あげるから」
「やりぃ! 実はこれ欲しかったんだ! すっげえついてる!」
 それは簡単な願い。
 けれど、それで全てが動き始める。


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