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人質は三万〜誕生日の贈り物〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


12

 北の都には雨が良く似合う。
 一ヶ月30日のうち、「40日は雨が降る」と言われる、それほどの降雨量。
 多くの人家は木製。床を高く取ってある。
 公的機関の建造物は石造り。これもまた床を高く取ってあり、まずは階段を10段ほど登らなければ、一階入り口には着かない。
 まずは、階段を登らねば……。
「ウヅキいいいぃー!」
 ……さて。
 ここに、「官公庁の立ち並ぶ通り」だということも気にせずに、辺り構わぬ高音域の大音量で叫ぶ少女がいた。
 卯月だ。
「ウヅキいいいい! ウヅキったらあぁ! 出ってこぉおいっ!」
 彼女が立って、叫び放題叫んでいる場所は、「公共安全及び国家治安維持管理機構庁舎」の階段前。簡単に説明すると「悪い人を取り締まるお役所」の屋内ではなくて、「建物の前」。
 小はコソドロから、大は反体制武装組織まで、社会の安寧を乱すものを取り締まる、そんなお役所。泣く子も黙る。反体制武装組織もその力加減に応じて黙る。
「なんで出てこないんだよ!? ウヅキぃぃ! ここにいるのはわかってんだぞ!? 聞こえてんだろー! 出てこおぉおい!」
 そこで絶叫する、恐いもの知らずの小娘。
「おーい! おーい! おーいってばァ! 出てこいよぉッ! ウヅキィ!」
 道行く役人や住民たちは、「公共安全及び国家治安維持管理機構庁舎」、略して「公安庁舎」の前でほえている少女に、奇異の視線をそっと投げかけ、そそくさと通り過ぎて行く。きっと、特に頭の辺りがおかしいんだろう、可哀想な子だねぇ、と思っている様子で。
 その拡声器いらずの卯月の前に、公安庁舎から一人のごっつい男がずんずん出てきた。
「うーい。どうしたんだァ嬢ちゃーん? ウヅキに用なのかぁ?」
 肩の筋肉隆々、腕の筋肉太々、胸の筋肉はちきれんばかりの、黒い制服を着た歩く決戦兵器な若い男だった。
 男は、少し眉を上げておどけた顔を作ると、言った。
「ここでいくら呼んだって、聞こえやしねえぞ? 奴3階にいるからよ?」
「えー? んじゃ会わせろよ。言いたいことがあんだよ!」
「ほぉう?」
 男はにやっと笑った。
「奴って、もてるのかねェ実は? ガッチガチの青ォい子供かと思いきや、意外だねェ。ま、それよか、嬢ちゃん? 外、雨降ってんだろ? おう? 傘もささずにどうした? すげェ、ナリだなァおい。火事場から焼き出てきたとこか?」
「うっせェ。そんなんアタシの勝手だろッ?」
「……おっとぉ?」
 声を掛けた途中で、男には返答の代わりに卯月からの拳が見舞われた。男は片頬で笑ったまま、腹に一撃を喰う。
「あいたあぁッ!?」
 しかし、悲鳴を上げたのは卯月の方だった。
 男は涼しい顔。それどころか、人をくった笑い声を上げてみせた。
「ハハハーァ? 元気でオイタだねェ? 教えといてやるけど。この腹、金属板が制服の下に入ってるからねェ? ハハハ、泣いてるぜ。アハハ」
「うわ、痛ェよォォ!」
 涙目になって右手をばたばた振る少女を、男はへらへら笑って担ぎ上げる。
「ホイ、どっこいしょーォッ!」
「ぎゃー!? 何すんだよ!」
 卯月は驚いて、今度は両足をばたばた振って抵抗した。
 向こう見ずの罰か、無効だった。
 男は、卯月を左肩に引っ掛け、踊るような軽快な足取りで、階段を跳ね上がっていく。
「このまんま外じゃァなんだからよォ、中にに上がんなァ? ウヅキに用なんだろ? むっせえ男所帯だからさぁ、女の子は大歓迎なんだよーオ」

 階段を勢い良く登り、一階に入る。黒い制服の筋肉男達が行きかう。すぐ正面には、総合案内所。受付嬢のにこやかなお迎えならぬ「殴りこみかィ? 返り討ちにするぞオラァ! 攻撃が最大の防御ナンだヨ」的な、剣呑な表情の黒服男二人がぎらぎらと待ち構えている。
 怖い。
 右奥には階段。左奥には「機動部」がある。機動部とは、移動器具を用いて迷惑行為や犯罪をする者を取り締まる部署である。たいていが暴力沙汰になる。ここに配属されているのは庁舎一の血気盛んな男達だ。
 卯月を持った男は「うーい、帰ったぞゥ!」と言いつつ、そこに入った。
「おー? アリムラぁ、みやげかそれ?」
 二人を、黒い制服の男達十数人が、低いドスのきいた声で迎えた。
 室内の調度品は事務系の役所とほとんど変わらなかった。灰色の事務机が並び、書類が雑然と積んである。ただ、いたる所に、武器のような金属物が無造作に置いてあるが。
「何シたんだァ? この子。ガキんちょなら生活安全部宛てか? なんかスゲぇ格好……爆発とかの被害者?」
 卯月を肩掛けしたアリムラは、ニヤリと笑う。
「違うンだよ。三階のウヅキ宛てだ。入り口んところで、訳ありげにぎゃーぎゃーわめいてたんで」
 男達が気色ばんだ。
「あァ!? ウヅキだと!?」
「ウヅキだァ!? あのアオガキがァ? 女の子泣かせてンのかィ? クッソ生意気」
「奴がこの子を爆発させちまッたってェのか? おいおい犯罪者かよ」
「んなわけねーだろオイ。この子の個性だろうがよ、このナリは」
「なんだ女関係か。ウヅキの女かよ。こりゃァ、許せんな。畜生。俺に彼女ができる前に、あのガキにできていーはずがねェ! よし、嫌がらせに、ヤツの弁当に菜種油流し込んだろ」
 怒り狂う男たちの只中に、アリムラは卯月を置いてみた。
 さっきまでの勢いはどこへやら、卯月は口を半開きにして、並み居る男たちの巨体を呆然と見上げた。
「……」
 高さが自分の二倍くらいありそうに見える。顔を見ようとすると、天井を見上げるくらいに目線を上げなければならない。その頑強そうな巨体たちは、もはや、岩とか鉄製の建造物みたいだった。
「うわ、で、でっけーぇ……硬そー」
 アリムラは、どうもびくついている少女を、カゴに入った小動物でも見るようにニヤニヤ見下ろして、同僚に言う。
「おい。お前ら、嬢ちゃんに、あめ玉くらいやれや。せっかく連れ込んだんだからよォ。歓迎しネェとよォ」
「おー」
「うぇ。あったかなァ? 昨日全部喰ッちまったかもしれね」
 男たちは、各々の机に戻った。
 各々の机の引き出しを開けたり、机上の缶をふたを回し開けたりした。
 しばし、あちこちで、がたごと物色する音がした。
 そしてばらばらと戻ってきた。
 アリムラは卯月に言う。
「お前、こう、こんな感じで手ぇ出しな?」
 両手をおわんのように合わせ広げて、手本を見せる。
 卯月は、口を半開きにしたまま、「おお」とつぶやくと、言うとおりにしてみた。
 戻ってきた男達が、卯月の両手に、ぼとぼとと、あめの雨を降らせる。
「ほらよ、いちごあめだ」
「俺のは牛乳味」
「焼き菓子もいけるかィ?」
 あめだけでなく、菓子類が山となって卯月の両手にあふれた。
 卯月は、男たちのごつさと、人数の多さと、たくさん菓子をくれたことと、可愛いお菓子を持っていることに、口を半開きにしたまま呆然としていた。
 最後に、巨大「えびせんべい」が、バッサと乗った。
「この前、部長から土産にもらった『南国特産、熱い漁師の腕力すりつぶし海老せんべい』で、シメだオラァ」
 菓子山の上に絶妙な均衡で、大人の顔くらいの大きさの赤みがかった円形のせんべいが乗せられた。
 アリムラは、一つうなずいて、言った。
「ぃよし。生意気なウヅキ呼び出すぞ」


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