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人質は三万〜誕生日の贈り物〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


14

「おう! 入ンぞこらァア!」
「ウヅキィ、いるかぁあぁ!?」
 叫び声と共に、入り口が蹴破られた。
 鉄でできた扉が吹っ飛び、部屋の中の書籍の山へと突っこんでいった。ひどい音がした。
「コラお前、ウヅキ、ちょっと顔貸せやぁ! 下に来んかイ!」
 何事かと思うと、いわおのような体格の男が3人、部屋に殴りこんできた。
 ウヅキに恨みを持つ犯罪者ではなく、階下の同僚だった。
 機動部。アリムラと、イワベと、ヤマグチ。黒髪と、金髪と、茶髪。
 彼らの乱暴な登場に気色ばんだのは、ウヅキでなくて、上司だった。
「あぁあぁ!?」
 セイシェルは、椅子の上に立ち上がった。
「このクソ機動部がァア! 猿ですかお前ら!? 今日び扉の開け方も知らねェのかァ!? 本が駄目になったじゃネェか!」
「猿うぅ? んだコラぁ? 知るかそんな救いようのネェ本のことなんざ!」
 イワベが、ウヅキの上司を睨み付けた。
「懲罰執行部の青びょうたんがァ!? あーすまんすまん。セイシェルっつー、こじゃれた名前があったな? チビっ子ぉ?」
 ヤマグチがせせら笑った。
「セイシェルッちゃああん、こんにチワワぁー! ごきげんは、いかがでちゅかー?」
「てめえこのクソヤマグチっ!」
 セイシェルの手から本が二冊飛んだ。今しがた、本のことを言っていたはずだが、自分こそ乱暴に扱っている。
 ヤマグチは「あちょー!」と言って、本を二冊とも蹴り逸らした。
 イワベが片頬で嗤う。
「おおやァ? セイシェルちゃーん、カンの虫でちゅかー? むずむずしてまちゅねーェ?」
 むずかる赤ん坊に付けられる病名を、わざと言う。
「うるせェェ!」
 セイシェルは、椅子から机上に上った。
 そして、入り口まで飛び石のように続く各々の机の上を走ろうとした。床上だと、本に邪魔されて走れないために。
「部長、止してください」
 喧嘩を売られた張本人のはずのウヅキが、苦い顔をして立ち上がった。
 駆け出そうとするセイシェルの首根っこ、襟口をつかんだ。
「ぐえ!」
「勝てる相手じゃないですから。これ以上本を傷つけたら、修復が面倒です」
 言いながら、上司を引き戻した。
「うえ! グエ!」
 首の引かれて部長は声を上げた。
 おそるべき膂力(りょりょく)だと、思ってはいけない。
 機動部の連中は、馬鹿にした笑いで、セイシェルを見ている。
「あらあらーぁ? ウヅキお兄ちゃんに止められまちたねーェ?」
「坊や、あぶないことをしたらいけまちぇんよぉう?」
 ウヅキは、眉毛を寄せて、三人を見た。
「止して下さいよ。部長でなくって、僕に御用なんでしょう?」
 右手には、上司のセイシェルを宙ぶらりんにして、立っている。
 連中は嘲笑した。
「ハハハー? 部長ちゃんったら、おもしろい格好!」
「ププッ。みっともな!」
 部長はじたばた暴れる。
「こらぁッ! 離せよウンコ! 俺ッ、笑われてんじゃねぇかぁッ!」
 ウヅキは、げんなりした。
「やめてくださいよ。もう。あなたが勝てる相手じゃないですよ? どう考えても」
「だまれ! 離せっ! ウンコ!」
「はいはい」
 ウヅキは、言われた通り、手を離した。
 セイシェルは、どかっと床に落ちた。そばに積まれた本がバサバサ倒れこむ。
「うわ馬鹿、いきなり落とすなバカッ!」
 三人は、ニヤニヤ笑う。
「プー。みっともなー!」
「やだ、かわいーィ! セイシェルちゃんったらバカー!」
「さすが懲罰執行部長様っすよねぇ。冗談抜きで素の落下。本当、真似できないっス尊敬するっス」
 セイシェルは、顔を真っ赤にして、立ち上がった。
「お前らァっ、俺をコケにすんのもいいかげんにし……」
「セイシェルちゃーん? おーい?」
 イワベは、相手の言葉に被さるように言った。わざとらしい仰々しさで、室内を見回す。
「どこに行っちゃったのーゥ? ちっちゃくって、見ぃえないよーお?」
「イワベてめーッ!」
 火のついたように怒るセイシェルの姿は、本の山に隠れて見えなくなっていた。大人の人丈にまで詰まれた本の山にすっかり隠れて。
 どうしてか?
 セイシェルは小さいからだ。
 セイシェルは、
 7歳の男の子だった。


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