万の物語/三万ヒット目/人質は三万〜誕生日の贈り物〜

人質は三万〜誕生日の贈り物〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


18

 単なるふざけあいになっている。
 戻って仕事をしよう、と、ウヅキは思った。
 帰ろう。つきあってられない。
 ウヅキは、こっそり機動部を抜け出そうとした。
「あーははは。床ころがって笑ってたら。いろいろ落ちちゃったよー。ハハーまいったなー」
 後ろから届いたのん気な声に、ウヅキは振り返ってしまった。
 そして、見なければよかった、と後悔した。
 灰色の石の床に座り込むヘラヘラ笑いの卯月。
 少女の周りに散乱する、宝石の類。少女には不釣合いな、高価な輝き。
 ……あいつ、また!?
「卯月! なんだそれ!?」
 思わず、ウヅキは駆け寄ってしまった。頭のどこかでは「見なかったことにしろよ。面倒になるぞ」と自分がつぶやくが、体の動きは止まらない。
「えー?」
 床にある輝石をひとつかみ、ウヅキの方へ持ち上げて見せると、卯月はニタと嗤った。
「何って、でへッ……お宝!」
「馬鹿っ!」
 ウヅキは、卯月の手にある宝石たちをはたき落とした。小さい粒だが、高価だ。
「あ、なにすんのさっ!」
 牙をむく卯月。
「何やってんの? お前さんたち」
「ウヅキ、どうしたァ?」
 笑うのをやめた機動部と、床から立ち上がったセイシェルが近寄ってきた。
 そして、少女の周りに散れた数多の輝きに、目を丸くした。
「おぉ!?」
「何だァこれ?」
 およそ、その辺の町娘が持つには不釣合いな、輝石の群れ。
 だが。
「良くできた玩具だねぇこれ? すッげ!」
 当然の反応が出ただけだった。ウヅキは、かえって、彼らの言葉がすぐには信じられなかった。
 どうしてだ? なぜ玩具だと思うんだ。どこから見ても、これは本物の……。
 男たちが卯月の周りにワラワラと群がる。
「おいおい、良い仕事してんだな最近のおもちゃはよォ? 何なのこれ? 『成金ごっこセット』?」
「ちょ、兄ちゃんに一個めぐんで? 女の子と親しくなるためにさァ、大切に使うからさァ?」
 ……そうか、機動部に「目利き」はいないんだ。鑑定課の人間ならいざ知らず。
 ウヅキは胸をなでおろした。
 よかった。
「んなあに言ってんのよ!? どこに目ぇつけてんのおっさん達!? これは全部、ほ・ん・も・の・なの! なんでアタシがくっだらねェニセモノなんか持つ必要があんのよ!?」
 だが、本人が、ご丁寧に否定してくださった。
「……!」
 ウヅキは、驚き呆れてものが言えなくなった。また同時に、力が抜けた。
 こいつ馬鹿だ。よりによって公安庁舎でそんなこと言うとは。
「これは、アタシが、間違いなく正真正銘このアタシがぶんどってきた、貴っ重なお宝なのよ!? 誰にもやるもんですか! ケッ!」
「おお……」
 機動部の男たちは、うなった。卯月の口からよどまずに溢れ出る雑言に。
「おお」
「おおお」
「そうかぁ、そうなのかぁ」
 男たちは、うなりつつ卯月に群がる。
 そして、ヤマグチが、笑顔を浮かべながら、卯月の背中に右手を添え、両足首を左手でつかんで、掛け声と共に、自分の頭上に高々と持ち上げた。
「ソリャアア!」
「うあー!? なぁにすんのよッ!?」
 返すヤマグチは凶悪な形相に転じていた。まるでこちらの方が犯罪者のようである。
「じゃかましいわッ! 今、テメエ窃盗の罪を自白しやがったな、このウスラバカが! 今から留置所に案内してやるからありがたく思えバーカ! 盗品の自慢までしやがってバーカッ!」
 ヤマグチの上空で、卯月がぐねぐね暴れる。両足をつかまれているので、両手くらいしか動かせない。
「なんでー!? なんで留置所なんかあるのよォ!?」
 叫んだのち、卯月は何か大事なことに気付いた様子で、「ぁあ!」と悲鳴を上げた。
「忘れてたっ! ここ公安庁舎だった!」
 ここにいた人間、卯月を除く全員が、この言葉にあきれ果てた。
「お前、バカ!?」
 地下の留置所へと持っていかれながら、卯月は叫んだ。
「ウヅキィ! テメエのせいだぁあ! あたしを、おとしいれたなー!?」
「お前が自白したんだろう!」
 ウヅキはそう叫び返した。


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