万の物語/三万ヒット目/人質は三万〜誕生日の贈り物〜

人質は三万〜誕生日の贈り物〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


19

「下では馬鹿共が相変わらず喧嘩ですわい」
「ハハハ」
 30階。公安庁舎最上階。
 初老の男達が会議をしていた。
 皆の右前には湯呑み。茶はすでに冷えた。
 左前には資料。指一関節ぶんの厚みがある。
「いつの若い者も同じだな。若いうちは熱血馬鹿結構。反発結構。それこそが力の源、だわな?」
「ハハハハっ!」
「よくやりましたわ、若いころは。なあ皆さん?」
「ですな。色々とお世話にもなりましたしな?」
「まったく」
「ハハハハハ」
 さてと、と、誰とも無く、小さく低く言った。
 談笑が終わる。
 重苦しい沈黙に戻った。
 進行役の、やせた中年の男が、会議を淡々と再開した。
「では資料の30頁目。これまで、各事件の起こった当時の状況、被害者の家庭環境などについて捜査報告を受け、今後の方針について話し合ってまいりました」
 そこで一拍おいて、進行役は、静かにそして敬意をもって幹部たちを見回した。
「そして、決を採り、全員の意見が一致されましたので、30頁以降に記されたこちらの案を方針とする、ということで決定させていただきます」
 それぞれに、厳しい表情のまま目を閉じたり、腕を組んでうつむいたりして、進行役の話を黙して聞く。
「では、これにて散会いたします。お疲れ様でございました」
 去り際に、男に対して、幾人かが「部長によろしくな?」との言葉と共に肩を叩いたり微笑みかけたりした。
 男は儀礼的な笑みでもって応じ、直属の上司の姿を頭に描いて吐き気をもよおした。
 ……あんなもの、消えてなくなればいい。この世で一番嫌な類だ。
 男は、気分を切り替え、楽しいことを考えることにした。
 そう、今の事態は、男にとって、良い方向に進んできているのだから。
 男は、安堵していた。
 よかった。自分の娘が巻き込まれなくて、と。

 愛しいミマ。
 私の「愛」。
 輝く、無垢な明るい笑顔。あの子こそが、我が理想の娘。不可侵の。
 男は、誰もいなくなった会議室で微笑んだ。

 同時に、熟していく蒼白い肌、暗い部屋、悲鳴、を思い出した。
 急激に気分が悪くなった。
 早いところ、捨ててしまおう。
 大人の女はゴミだ。
 熟れた女なんていらない。

 ね? そうだろう?
 愛しいミマ。


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