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人質は三万〜誕生日の贈り物〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


24

「ひでェよなァ。お前らさァ。実際」
 セイシェルは起き上がった。
 どこにも怪我はない。そのほか、天井に2度ぶつけられ、顔面に2度の革靴と1度の拳を食らっているにもかかわらず。
「……気味悪ー」
 卯月は、顔をしかめて後ろに二歩下がった。
「な? 物だろ? 物」
 ヤマグチは茶髪をかきむしると、片頬で嘲笑して、懲罰執行部長を見た。
「あんだよ? 差別かィ? 物と生物で差別するってか?」
 セイシェルは肩をすくめて、こちらもあざけりわらった。
「おめぇら、心のちっちぇえニンゲンだなァ?」
「チビはテメエだろが?」
 ヤマグチが吐き捨てる。
「この七歳児がァ!」
「黙れナマモノ。そのうち腐るナマモノに、見下げられる覚えはねェよ。せめて冷凍されてろや? しばらくしのげるからさァ」
「ンだとォ、こら! 操り人形ちゃんは遠吼え機能付きかァ?」
 人形と言われて、セイシェルは目を三角にした。
「テメッ!? 俺は人形じゃねエ! 『新殻衛兵』だ! ああー! 腹立つっ! 人形呼ばわりされんのが一番腹立つ!」
「ケッ。今は兵隊人形じゃァなくって、単なるチビ人形だろうが」
 ヤマグチは、セイシェルに足払いをかけた。
「うわ!?」
 可哀想に、小さな男の子は派手にすっ転んだ。受身も取れず、セイシェルは後頭部を床に強打した。しばらく、呆けた笑みを浮かべた表情のままで、部長は天井を見上げて、気絶していた。
 ヤマグチは、チッと舌打ちして「手加減しなくても死なねえのが気味悪いんだよなこいつら」と、不快そうにこぼす。
 それが聞こえたのか、意識を取り戻したセイシェルは、ヤマグチを睨み上げた。
「畜生、俺はお前らのおもちゃじゃねェんだよ! ああもう、子供の時間は終わりだ!」
 つづけて、機動部全員酷使してやるからな! と、子供の叫び声がした時には、セイシェルの形はなかった。
「消えた。やっぱ化け物!」
 卯月は、「人の形をした物」がいきなり目の前で消えたので、驚いてわめいた。
 その精神的な衝撃が癒える間もなく、卯月の後ろから、ひどく低い、大動物のような声が響いた。
「この小童がァ! 誰が化け物だァ!?」
「ひえ!?」
 卯月は振り返って、彼女にしては珍しく、後悔した。
 見なきゃよかった……。
 そこには、非常な強面(こわもて)の、頑強な男が立っていた。ぎょろりとした丸い大きな目、黒い眉毛が毛虫のように濃く、唇は厚い。強い(こわい)ひげを口周りにゴワゴワ生やしている。今、黒い制服は消えて、代わって身にまとった白い前合わせの上着の胸からは、厚い胸板と、もうもうとした胸毛がせりだしている。
「俺がセイシェルだーアアアア!」
 獅子の咆哮(ほうこう)のような、重く低い声が、襲い掛かってきた。
 卯月は、震えだした。
「このクサレ小童がァ! 今までよくも、チビチビチビチビと侮ってくれたなァァア!?」
 少女の襟首を右手でつかむと、大男はぶんぶんと振り回した。左右に。彼なりに加減をしているようではあるが。
「ギャーギャーギャー! こわいよぉー! こわいよー!」
 卯月は泣き叫んだ。
「やかましいわ! テメェ、さっきはよくも俺のほっぺたちぎろうとしやがったな!?」
 今度は、卯月の体を、天井すれすれまで放り投げた。落ちてきたら受け止め、また放り投げる。高い高いの絶叫版だ。それを延々繰り返す。
「ギャーギャー! こわいよー! 高いよー!」
 8回ほど卯月を飛ばしてやったところで、やおらセイシェルは、おりの向こうを見て恫喝した。
「逃がさんぞオッ! 待てェヤーマーグーチイイイイッ!」
 卯月を放し、できるだけ遠くへ駆けて行こうするヤマグチへと、セイシェルの手が伸びた。
「うわ来たァ! いやぁ来ないでぇっ!」
 ヤマグチは、その体躯に見合わぬ甲高い悲鳴を上げて縮み上がった。
 本当に伸びたのだった。牢の中からごつい右手が伸びて、物凄い勢いで追いかけ、あともう少しで階段という所まで来ていたヤマグチの肩をつかんだ。その時には、手は人一人包み込めるくらいに大きくなっていた。
「ギギャー!」
 喧嘩に負けたネコが上げる叫び声のような、あるいはまるで断末魔のような声を上げて、ヤマグチは、セイシェルの「手」に囚われ、引きずり戻されていく。


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