万の物語/三万ヒット目/人質は三万〜誕生日の贈り物〜

人質は三万〜誕生日の贈り物〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


26

「どーもーォ! お疲れ様でございやす! セイシェル『機動部長』!」
 最前会った時とは正反対の、腰の低いあいさつがなされた。
 機動部一同、留置所の前できちんと二列に整列した上、深々と頭を下げた。
 彼らの前には、ヤマグチを天井にゴンゴン当てつけているセイシェルの巨体がある。
「……おあっ、ヤーマグチーィ。なにやってんだオメェはよォ?」
 イワベが、こびへつらったヘラヘラ笑いでセイシェルの顔を見、ついで目を回しているヤマグチを見た。
 そしてまた、懲罰執行部長ならぬ機動部長の方を、もみ手をしつつ見る。
「なんか粗相したんでしょ!? このバカが。すんませんねェ、セイシェル部長」
 それまで、ヤマグチにご執心だったセイシェルは、天井付近の茶髪筋肉男から、自分の背後に控えている機動部の方に目を移した。ゆっくりと。
 そして、ニヤリと笑った。
「おう、お前ら。久しぶりぃ」
 地の底からズンと響くような低く重い声と、迫力にあふれた笑みだった。
「わかッてるよなァ?」
 その言葉を受け、そこにいる機動部全員が、「ハイッ!」と、声をそろえて返事をし、立ち上がって、気をつけの姿勢をとった。
 手に持っていたヤマグチを放り投げ、セイシェルは口角をつりあげた。
「フハハハハハハ」
 部長のその笑い方は、あえて表現するならば、死後の世界で悪人に相当の報いをくれてやる剛健な鬼のような、魂も凍るほどの戦慄を覚える、低く暗いものだった。
 セイシェルは、おりの向こうでガタガタ震えている卯月を見て、ニヤリと嗤った。
「! わぁああーん!」
 目が合っただけで卯月が泣き出した。さっきの仕置き、あるいは、セイシェルの顔がよほど怖かったとみえる。
 ウハハハハ、と、恐ろしげな大男は、笑った。
「オウ、小娘ェ。よぉく見とくんだなァ? お勉強になるからよオ。悪りィーことをしたり、狡りィーことをしたり、卑怯ーォなことをしたり、弱いモン虐めをしたらナァァ……こうなるんだってことをヨォ」
 卯月は、かくかくかく、と、首を振った。彼が何を言わんとしてる「こうなる」が、なんのことかよくわからない。が、とにかく「わかったふり」でもしておかねば、恐ろしいことが起こるに違いない。だから、そうした。
「初めは、おい、アリムラァァッ! テメェからだッ、コルァア! 歯ァ食い縛れオラァァア!」
「お願いしますッ!」
 気合の入った返答と共に、直立不動のアリムラの体が、さらに硬直した。
 間髪入れず、セイシェルは、爆炎のごとく激しい右拳をアリムラの左頬に見舞った。
 卯月のいる所とは向かい側の牢の柵へと、アリムラの体は吹っ飛び、したたかに格子に打ち付けられて床に転がった。
「ありがとうございましたァッ!」
 鼻血と口からの血をにじませながら、アリムラはすぐに立ち上がって一礼して、再び倒れた。
「次、イワベェェェエッ!」
「ハイッ! お願いしまスッ!」
 イワベの右わき腹に、ブウンと音を発しつつ、セイシェルの左足が蹴り込まれた。
 今度は、卯月のいる牢の柵へと、イワベが突っこんできた。腰から先にガァンと格子に当たり、次に頭を打って、床に落ちた。
「ギャー!」
 恐ろしさに悲鳴を上げたのは卯月だった。
 イワベは二三度咳き込んだ後、立ち上がって一礼し、「ありがとうございやしたァァ!」と叫んで、気絶した。
 そんな具合に、セイシェルは、次々に部下たちに一撃見舞っていく。
 卯月はガタガタ震えながら、その光景を見ていた。
「次ィ、ヤマグチィィ!」
「はいッ! お願いしますッ!」
 さきほど天井に打ち付けられていたヤマグチにも、声が掛かった。
 セイシェルは、右頬だけで笑って、ヤマグチの胸倉をつかんで持ち上げた。
「テメェ、さっきは俺の腹ァつぶそうとしてたよナァ?」
 ヤマグチは、脂汗をかきながらも、声を張って答えた。
「ハイッ!」
「たしか、ナマゴミ入れに帰れとか言ってくれたよなァ?」
「ハイッ!」
「テメェが帰れウラァァァァアッ!」
 セイシェルはヤマグチを、男達が散々に倒れているさらに向こうにある、大きな木製のふた付きゴミ入れに投げつけた。
 ヤマグチはゴミ入れに当たり、それごとさらに吹っ飛び、ゴミまみれになって床に転がった。
 しかし立ち上がって「ありがとうございましたァ!」と言いつつ一礼し、前のめりに倒れた。
 セイシェル以外に、留置所に立っている者はいなくなった。
 機動部長は「フン」と息をつくと、右の牢に入っている卯月をギロリと見た。
「ぎゃー!」
 卯月はしゃがみこんだまま後ずさりした。
「わかったかィ? 小娘ェ?」
「ははは、ハイ」
「悪りィことするとヨオ、こうなるンだよ」
「ハイッ」
「もう悪りィことすんのは、止しな?」
「ハイ」
「今度なんかしそうになったら、俺のことォ思い出せ?」
「ハ、ハイ……」
「なんかしたら、俺が飛んできてよォ」
 セイシェルはあごをしゃくって、男たちの惨憺たる姿(さんたんたるすがた)の方へと卯月の視線を向かわせて、続けた。
「同じ目に遭わせてやっからヨォ」
「……」
 ガチガチガチ、と、卯月の唇から音がした。
 歯の根が合わなくなっている。
「う、う、う、」
 卯月の目から、透明で小さな粒が生まれ出したのを見て取って、セイシェルは目を細めて注視した。
 そして、
「っバアァァァァ!」
 いないいないばあ、の、ばあ、だけ切り取ったような奇声を、機動部長は卯月に向かって発した。
「うわああ!」
 卯月は大きく体を震わせて、牢の隅っこに逃げた。
「わぁぁっ! うわああーんッ!」
 とうとう、卯月は泣きだした。


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