万の物語/三万ヒット目/人質は三万〜誕生日の贈り物〜

人質は三万〜誕生日の贈り物〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


27

「機動部長ですか? セイシェルさん」
「おー。ウヅキ」
 ウヅキは不気味な弁当箱を片手に、留置所へ戻ってきた。
 先ほどまで威勢が良かった機動部連中が床上に転がっている。全員気絶している。鼻血を出したり、口から泡を吹いたりして。
 油漬け弁当を、ナマゴミ入れに捨てるつもりだったが、その木箱は無残にもバラバラになっていた。その木っ端にあえられるように、ヤマグチが転がっている。
 ウヅキは、奥に立っている大きな大きな男に、渋い顔で言った。
「機動部長。他部の僕が言うことじゃないですけれど。貴方の部下、こんな状態では、もし今何か起こったら、使い物にならないじゃないですか?」
「お前、甘いねェェ? だから、『懲罰執行部の青びょうたん』ってェ言われンだぞ? こいつら仕事しに来てんだろォが? 使い物にならなくッても、使うンだよ!」
 むちゃくちゃだ、話にならない、と、肩をすくめて、ウヅキは男たちの隙間に見えている床を歩いていく。
「セイシェル部長。さっきまで無事だったあなたの機動部から、『懲罰執行部』あてに、今しがた開かれた幹部会議の結果を連絡いただきました。あなたもご存知ないと思いますから、お知らせしますね?」
 そこで。
 ウヅキの耳に、泣き声が入ってきた。
 女の子の声だった。
 ? 誰だろう。
 ウヅキは怪訝に思った。
 留置所にそんな女の子、入ってたか?
 懲罰執行部の青年は、セイシェルの側まで来て、泣き声のするおりの中を見た。
「えっ!?」
 驚いて、思わず声を上げた。
 これは幻に違いない。と、ウヅキは思った。
 どうしたことだろう。卯月が泣いているではないか。幼児のように、両手で顔をおおって、部屋の隅に小さくしゃがみこんで。
「……」
 どうせ、宝石を「証拠品」として署員が預かっていったとかで、惜しくて泣いているのだ。ウヅキは、そう思うことにした。
「ハハハハハー!」
 すると、ウヅキが卯月の様子に気付いたことを見て取ったセイシェルが、楽しそうに笑った。
「どうだよウヅキィ? ガキにはやっぱりヨォ、悪りィことしでかした時ゃガツンと叱るってのが、まっとうに生かすコツだと思うんだよ」
「部長、卯月に何かしたんですか?」
 この油弁当を早く手放したいなと思いつつ、ウヅキは元上司にたずねた。
「おうよ!」
 セイシェルは嬉しそうにうなずいた。
「この姿になった時になァ? こう、ブンブン振り回してやってェ、ついでに天井に向かって『高い高ーい』を八連発。でぇ、今しがたはよォ、こいつらに仕置き加える所ォ見せてやってさ、『悪りィことはするもんじゃァねェぞ? 今度悪りィことしたらこうだぞ?』って諭してやってよ。それでかなりびびってたから、トドメに……」
 ごついにも程がある体格の機動部長は、そこで言葉を切って、ニヤ、と嗤った。
 何かするな、と思い、ウヅキはとりあえず弁当を床に置いた。
 セイシェルは、すうっ、と息を吸い込んで、
「『バアアアァァァァ!』」
 轟音が響いた。
 ウヅキは、表情一つ動かさず、両手で耳を塞いだ。部下になって3年、彼のやりそうなことは読めていた。とにかく、むやみに威嚇するのが大好きなのだ。
 牢の中の卯月は、ビクッ、と体を震わせて、盛大に泣き出した。
「うわーんうわーんうわーんッ!」
 手を耳から離したウヅキは、弁当を拾い上げてから、そちらを見た。
 恐くて泣いていたのだな、と、わかった。
 そりゃそうだろう。相手は公安庁舎一おっかない「機動部長」だ。
 卯月のことが少しだけ可哀想になった。
「卯月」
 セイシェルから一番離れた、牢の右隅にいる卯月に、ウヅキは声を掛けた。
「恐かったろう? もう悪いことすんの、やめろよ?」
「……ウヅキ?」
 卯月は、びくびくしながら、顔を覆っていた両手を離した。震えて定まらない視界にウヅキがゆらりと入った。
「わーーんっ! ウヅキぃ!」
 悲壮な形相で、卯月がウヅキに駆け寄ってきた。まるで、磁石の極が異極へと引き寄せられるような、相当な勢いだった。
 おり越しに、卯月の手が鞭のように伸びて、ウヅキを勢い良く引き寄せた。
「うわ!?」
 ウヅキの左手から弁当が落ち、近くに倒れていたイワベの顔に当たってひっくり返った。イワベの顔は、弁当の油漬けまみれになった。
「おい卯月?!」
 しがみついてきた卯月をどうしていいのか、よくわからなかったが。ウヅキは、とりあえず卯月の衣服の背中あたりで、油まみれになっている自分の手をふくことにした。
「こわいよーこわいよーこわいよー! あのおっちゃん、こわいんだよー!」
「そうだろう? 悪いことしたらな、あの人が本当に怒るから、もう止めろよ? 盗みとか、とにかく悪いことは」
 おりに阻まれてはいるものの、なかなか強い力でしがみついてくる卯月の背中で、ウヅキはまだ手を拭きながら応じた。油は落ちたが、汚れは逆にひどくなったな、と思いつつ。
「もうやだー! もうしないー!」
 わんわん泣きながら、卯月はしがみついている。まだ震えている。相当恐かったのだろう。
「うん。そうしろよ? 捕まったら本当に怖い目に遭うからな?」
「恐いよー! みんな血まみれで『ありがとうございました』ッて言うんだよぉー! で動かなくなったり泡吹いたりすんだよー! 恐いよー!」
「……」
 ウヅキは眉をひそめて、後ろに立つセイシェル機動部長を見た。
「何を見せたんですか? ちょっと酷すぎませんか? 卯月はこれでも一応は、女の子なんですけど」


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