万の物語/三万ヒット目/人質は三万〜誕生日の贈り物〜

人質は三万〜誕生日の贈り物〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


29

 卯月は牢から出された。だがまだウヅキの腕の中に埋まっていて、出る気配はない。青年のまん前にセイシェルがいるので、無理もない。
 機動部長は、気の毒そうに少女を見て、言った。
「かわいそうになぁ? すっかり怯えちゃってよォ? ウヅキィ、お前が、責任をもってこの子の面倒を見るんだぞォ?」
「あなたのせいです」
 雪玉のように冷たい言葉と視線とが、青年から元上司へ投げつけられた。
 しかし、彼はめげる様子もなく「へッ」と笑った。
 ウヅキは、そもそも悪いことをしたという認識がないんだなこの人は、と思った。
「さて、セイシェル部長。そろそろ連絡させてください。会議の結果です。『少女大量誘拐事件』の取扱いについて。指揮権を懲罰執行部に、協力部署を機動部および生活安全部に、と、決定しました。……せっかく未然に防ごうと思ったのに、間に合いませんでしたね」
「おえ。俺が責任者かよ」
「あなたが上げた報告書が、会議で採用されたからじゃないですか。ご自分のしたことですよ。そうならない努力もしなかったし」
「あー。あの、『大量輸送車を用いた変質者説』」
「そうです。……これでまた本が増えますね」
 そこで突然に、卯月が顔を上げた。直上の青年をじいっと見つめる。
「……」
 反射的に、ウヅキが顔を背けた。頬がほんのり赤い。
 それをまたも目聡く発見したセイシェルは、中年特有のいやらしい微笑を浮かべた。
「おおーぅ? ウヅキちゃぁん、オンナノコのこと、あんま意識し過ぎじゃネーのォ? ひゅーひゅーゥ」
「違います」
「いやぁん! わかっちゃうのよぉ? 若者はうまぁく隠してるつもりでいてもぉ? 年長のヒトにはわかっちゃうのよォ? ヒューヒューゥゥ!?」
「違います!」
「あの! ねーッ! オイ! 頼みがあんだけど!」
 おじさんと青年の甘臭いやりとりをぶった切るように、少女が叫んだ。
 我に返ったウヅキが「何?」と返した。
「『アタシ恐いのッ、今晩からウヅキの家に泊め……」
「日記」
「……』ぅお! すんませんもう言いません。もー、魔がさしたんだよォ? オジサンの純粋な遊び心だよォ?」
 セイシェル部長の茶々をあしらい、ウヅキは再度うながす。
「何? 卯月」
 少女は、勢い込んで話し出した。
「あのさぁ! さっきさ、取り上げられた宝石のことだけど!」
「うん?」
「あのね、」
 卯月は、振り返ってセイシェルを見ようとしたが思いとどまり、引き続きウヅキを見る。
「その……あれって、お前らが話してる『大量少女……』から取ってきたヤツなのな?」
「え?」
 ウヅキは、耳を疑った。
 ……取ってきた。とは、盗んだということで。
 ということは、卯月は被害者ではなく。加害者なのかもしれない。
 セイシェルもウヅキと同様に、少女の言葉に驚いていた。
「ン何ィィイ!?」
 どすのきいた声で叫び、卯月の肩を背後からつかんでゆすった。
「本当かー!? それはーッ!?」
 ようやく恐怖から解き放たれようとしていた少女は、再び加えられた身体の衝撃に、顔色を無くした。
「ギャーギャーギャー! そうだけど、そうじゃないよお! これ証拠に持ってけって言われたのーッ!」
 甲高い悲鳴を上げる。
 突然の叫び声に、ウヅキははっとした。
「止めてください部長! せっかく卯月が話し始めたんじゃないですか! 違うっていってるじゃないですか!」
 機動部長は頑として首を振った。
「いーや! 重大な犯罪に首を突っ込んでいるとあっては容赦できん! さらに厳しくいくぞォ!」
 際限なくゆさぶる。
「ギャーギャーギャー!」
「止してください。華奢な女の子の体なんですから! そんなに強く揺すったら壊れます!」
 ウヅキは、セイシェルの頑丈で巨大な腕を、可哀想な少女から外そうと試みるが、できなかった。
「うっせェ! 人間なんてものはなァ、傷ついても傷つき倒れてもォ、立ち直るものなんだよ!? より強くさァ?」
 ゆさぶる。
「ギャーギャー!」
「そんな訳ないでしょう? もういいです日記見せますから! 強く後悔なさってください!」
 ウヅキは自分の力の及ぶ限り精一杯卯月をかばいながら言う。
 ケッ、と、セイシェルが吐き捨てる。
「うるせぇッ! いいんだヨォもう日記なんテェのは! 俺の現在の心配度数第一位独走は雪葉なんだよ! 当の雪葉がエッレェ目に遭ってるかもしんねーんだぞッ!? 行方不明なんだぞ! これが落ち着いていられるかってーんだよッ!? 雪葉はフツウじゃねェんだぞ! 変質者にあんなことやそんなことや……ああイヤーン、なことをされてるかもしんねーんだぞ!? それに比べてコイツは、畜生ッ、そんな現場でのうのうと盗みまでッ盗みまで働いてよォ?」
「うわーん!」
 あろうことか、セイシェルは卯月の両方の頬をつまんで、小刻みに引っ張った。
「に・く・ら・し・いッッ!」
 大人が子供にすることではない。
 ウヅキは、そのみっともない男の手をはたいた。バチッと音がした。
「私情で仕事をなさらないでください!」
 男はこたえた様子もない。それどころか、さらに勢いを増す。
「私情こそ至上だ! だァァーァ! 雪葉ァァァッ! ウオオ!」
 青年のまっすぐな腕が、中年の間違った豪腕をつかんで、少女から離そうとする。
「止してください!」
 腕力は明らかにセイシェルの方が上、ウヅキは取りあえずは一生懸命、力を込めた。
「卯月から手を離してくださいよ!」
「いやだー! 俺の雪葉がァァ!」
 熱い中年は、もはや動転している。
「あなたのじゃないでしょう!?」
「いやもう、俺の内的宇宙では既に俺のモンなんだヨォォ!」
 どさくさにまぎれて、欲望を口にする男に、青年は閉口した。
「何を血迷ったことを言ってるんですか?」
「まったくだな」
 今まではここにいなかった者の声が、ひどく不機嫌そうに響いた。
 ウヅキよりは低く、セイシェルよりは高い、よく響く声。
 途端、セイシェルが「ひ!?」と悲鳴を上げた。
 機動部長が怯えたのを見て、ウヅキは、そこに誰が現れたのかを理解した。


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