「帰ってきたの?」
寝台の上に横たわる女は、気配を感じてわらった。水を断たれた花のように、悲しげな柔らかさで。
部屋は暗闇の中に沈んでいる。にごって暗い池の中のように。
たくさんの少女達は、眠ってしまっている。
「そうよ」
少女の声が返った。まだ子供のあどけなさがその響きに残っている。しかし不思議なことに、数多の時代を生きてきたかのような、深く落ち着いた気配も感じられた。
「どうして帰ってきたの? ここが、気に入ったの?」
「いいえ」
「じゃあ、出て行けばいいわ」
「いいえ」
雪葉は、不思議そうに自分を見ている相手に、笑った。楽しさや嬉しさからの笑顔ではなく、相手を安心させるために。
「わたしはミマを待っているの。彼女に会うために、また戻ってきたのよ」
「どうして?」
女の声に、警戒の色が混じった。口調がひどく硬くなった。凛とさえしている。
「ミマに何の用なの?」
雪葉は、ただ微笑んだ。また、相手を安心させるように。
暗い部屋にあっても、女は、少女の表情がわかるようで、その証拠に、「どうして笑うの?」とつぶやいた。
「どうしてか、あなたはわからない?」
返ってきたのは、途方にくれた声。
「わからないわ」
雪葉は静かに、重ねてたずねた。
「……祈ったことは、無い?」
少しの静寂の後、女はきいた。
「祈りって何?」
「誰かにすがったことは無い? 願ったことは無い?」
女は、押し黙った。彼女の周りだけ、真の暗黒に落ちたようだった。
しばらくしてようやく、女は声を出すことができた。
「なんてことを聞くの? あなたは……」
酷い人なのね、と、呟いて、女は泣き始めた。
雪葉は、「こちらから会いに行こうかしら」と、部屋の扉に手を掛ける。
女は、開かない扉の前に立つ少女に、泣き顔のまま疲れた笑みを作って忍び寄らせた。
「無理よ。開くわけがないわ」
その言葉に、巫女は微笑みを返した。喜びによるものか、相手への思いやりによるものかは、知れない。
「思いがけず開く扉だって、あるわ?」
雪葉は部屋を出て行った。
開いた扉は、明るい白い壁を見せて、また閉じた。
「……」
その時、女が見せた顔は、闇と神しか知らない。
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