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人質は三万〜誕生日の贈り物〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


39

 セイシェルは、彼なりに乱暴に扉を開けた。きいー、ぱたん、と。
「おいウンコーっ!」
 生活安全部で受けた腹いせを、人事権の行使をちらつかせて脅せる自分の部下へ向けるつもりだった。
「手洗いなら、ここじゃありません」
 しかし、自分の部下にも冷たくあしらわれてしまった。形無しである。
 セイシェルのいらだちは、いや増す。
「あーっ! どいつもこいつも、かっわいくねェ!」
 とことこと歩いてきて、一番最初に積んであった本の山を、払い倒した。自分の背丈ほどもある、それを。うさ晴らしのつもりだった。八つ当たりともいう。
 ドサドサドサ、と、本が雪崩れた。それは隣にあった山もその隣も隣も巻き込んで、大変なことになった。部屋全体に本の山並が連なっているので、大崩落を起こし始める。
「うわうわうわ!」
 泡を食ったのは、小さな本人。自分こそ、この大災害に巻き込まれた。それを自業自得というのだけれども。
「た、たた、助けてくれっ! ウン、いや、ウヅキ!」
「ええ!?」
 自分の席に座って本を読んでいたウヅキは、迷惑そうな顔をして、上司に申し上げた。
「無理言わないでくださいよ。僕が二次災害に巻き込まれるだけです。ここからあなたを助けることなんて、とてもできません」
「アハハハ! だっせーの!」
 ウヅキの隣の椅子に座っている卯月が、おろおろしているセイシェルを見て、けたけた笑っている。
「なあウヅキー? このアメ、おいしいなぁ?」
「あんまり食べるなよ? それは部長のおやつだからな?」
「うめえ。これ、りんごアメか? あ、あたしさぁ、さっきの兄ちゃんたちからもお菓子もらったんだ! ここって、いい場所だな? ちょーっとおっかねえけどさ?」
「そんなのうれしいのか? ……お前、こどもみたいだな」
「お菓子もらうことって、ネェもん。うめー! うめー!」
「ふうん」
「お前らァァァ! 災害に見舞われてる哀れなオイラをすっかり放っておいて、ほのぼの会話ですかぁぁァ!? 親睦を深めてルンですかー!」
「だから、」
 ウヅキは面倒臭そうに、雪崩れられている部長の姿を見やって、言った。
「言ったでしょう? 助けられませんって」
「せめて暖かい言葉くらい寄越せよォ!? 『ぶ、部長っ、お可哀想にーッ! ボク、心が痛みますゴメンナサイ!』ってな具合にヨォ!? 思いやりの気持ちとかっ、心の優しさとかよォ!」
「ご愁傷様です。雪崩がおさまったら迎えに行きますから、それまでお元気で」
「いらねェんだよ棒読みはヨォ! 手紙文かよそれ!?」
「部長、いつごろ出発予定ですか?」
 セイシェルは、自分の右側から倒れてきた本の山で強かに顔面をぶつけて「うぐ」とうなった後に、律儀に返事をした。
「何で仕事の話になるんだヨォ!? 今の見た? 俺の悲惨さ、見た? ねえ!?」
 ウヅキは、ただ肩をすくめた。
「だって、あくまで仕事が優先ですから」
「可哀想ー、俺、今とっても可哀想ー!」
 ウヅキは、はあっ、と、ため息をついた。
「……そんな格好でいるからですよ。姿を変えてみては?」
「お前部下のくせに生意気すぎ!」
「じゃ、どうぞご勝手に」
「うわ冷たい男!」
 二人の会話をけたけた笑って聞いていた卯月が、手近な本の山を、どんと押した。
 ここに、複合雪崩が発生する。
「!! うわーんバカーー!」
 可哀想な悲鳴が上がった。まるで、本の山の満員電車でうんうん言っているかのようなセイシェルに、次なる団体客が押し寄せてきたようだった。
「あ、卯月、なんてことを。片付けるの大変なんだぞ?」
「けひゃひゃひゃ! だって面白いじゃんアイツ!」
「ぎゃーッ、俺つぶされるかもー!?」
 セイシェルが、わめいている。
「もう!」
 ウヅキは舌打ちをした。
「部長! いい加減になさってくださいよ! ほら、何か別の人に……大人になればいいじゃないですか!」
「いやだ大人になんかなりたくない! 心はいつも少年なんだよ俺!」
「体の話をしてるんです! というか、あなた自身の問題でしょう? なんて悠長な」
「ハハッハー? チビのばかー! ばーかー! だっせー!」
 もはや雪崩の下に埋まってしまったセイシェルに、ウヅキは呆れて、卯月は笑った。
「俺、誰かに必要とされる自分でいたいんだよォ! 俺の居場所を探してるんだよ! 俺が大人たちに求めるのは、金でも物でもない! ただ、優しい思いやりだけなんだよォ!」
 懲罰執行部長は駄々をこねて本の下から出てこない。何のつもりだろうか。
「いい年した大人が、思春期の少年みたいなことを言わないでください」
「ウヅキー、なに言ってんのコイツ? ダレカニヒツヨウトサレルジブン? 寝言?」
「ほら、子供の卯月にまでそう言われてますよ?」
 二人の言葉に、セイシェルは、むっとした声で返した。
「畜生、みにくいイモムシはいつかきれいなチョウになるんだよ! 見てろよー!」
「ああ、」
 ウヅキは、気付いた。
 さんざんしぶっている部長が、次に、何になるのかに。


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